想いの丈 | ナノ



普段は平日が休みだがシフトを代わって欲しいと頼まれて珍しく日曜日が休日となった。
今日で10月も終わる。
何をして過ごそうかと頭を悩ませていると突然テーブルに置いてあるスマホが、小刻みに震え出した。
画面を見れば着信と表示されていて人差し指で通話をタップする。
…はずが、慌てていて薬指が先に画面に触れてしまい切ってしまったようだ。
滅多に電話がかかってくる事がないので、こういった時は毎回ビクッと過剰に反応してしまう。
再び震えるスマホを見つめ今度は慎重に通話の部分に触れる。


「もしも…」

「おいこら名前。何で切りやがった」


連絡してきた相手は不死川さんだった。
食い気味に責め立てられたので小さな声で「すみません」と謝れば「ふん」と返ってきた。


「今日仕事休みらしいなァ」

「はい、珍しくお休みです」

「今から学校まで来い」

「学校、ですか?」

「いいモン見せてやる。今すぐ来いよォ」


目的も言わず一方的に通話を終了されてしまった。
これ以上、不死川さんを怒らせると宇髄さんにまでとばっちりがいく恐れがあるので言われた通り急いで向かう事にした。

学校が近づくにつれて人の賑わう声が大きくなる。
あぁ、そう言えば今日は学園祭だと善逸君が言ってたなぁと思い出す。
門の前まで行くと大きな人垣が出来ていて、その中心には深紅のスーツを着た…先生らしき男性が何やら宣伝をしていた。
あのスーツの気崩し方がテレビで観たホストさながらの格好で此処が学校だと忘れてしまいそうになる。


「遅かったじゃねェか」

「不死川さ…ん!」


この学校は先生も仮装するシステムなのか。
不死川さんは、王子様のような姿で出迎えてくれた。


「名前、あそこの一際女が群がってる所に奴がいるぜ」

「宇髄さんが?」

「早く行ってこい」

「不死川さん、ありがとうございますっ」


去り際に「王子様の格好似合ってますよ」と言ったら顔を真っ赤にして怒鳴られた。
あの人集りの中心にいる宇髄さんは一体どんな姿なんだろうか。それにしても人多過ぎでしょ。
囲まれていても背丈があるから頭は見えているんだけど、出来れば一目でいいから顔を見たい。
こっち向いてくれないかなぁ。


「やっぱり無理かぁ」


喧騒の中ぽつりと呟いた一言が、彼の耳にも届いたのかと思う絶妙なタイミングでキョロキョロと辺りを見渡し誰かを探しているようだった。


「名前!」


視線が交わったと同時に名を呼ばれ、嬉しくて顔を綻ばせた。囲む人垣をかき分け此方へと来てくれる彼の姿を見れば、その色気に圧倒される。


「わぁ、宇髄さんは着物だったんだ」

「侍だぜ、似合ってんだろ?」

「とても似合ってます」


髪を下ろしトレードマークの左目の模様もない素の彼を見たのは初めてだった。
女性が魅了されるのも納得だ。


「来るなら連絡寄越せよ」

「不死川さんに呼ばれて急いで来たんです」

「不死川に?」

「いいもの見せてやるから今すぐ来いって。宇髄さんの着物姿が見られたし来て良かったです」


役者顔負けの男前っぷりは目と心の保養になった。
周りの女性の視線が痛いから、そろそろ帰ろうかな。


「それじゃ、私は…」

「おっと、逃がさねぇよ」

「えっ?」

「折角来たんだ、派手に楽しもうぜ」


そう言うと私の手を取り走り出す。
いつもと違って強引な言動に少し驚いたけれど、掌が離れたくないと言わんばかりに彼の手を確りと握りしめていた。

人の目から逃れるように走り続け辿り着いた先は屋上だった。こんなに走ったのは学生の時以来だ。


「今日、休みだったんだなぁ」

「急遽シフト交換を頼まれたんです」

「不死川が、名前に連絡してなきゃこんな早い時間から会えなかったんだワケだし、アイツに感謝しなきゃなぁ」


あまりに優しく笑って話すものだから、また期待してしまう。
高鳴る心音は全身に響き渡り、彼への想いが加速していく。


「なぁ、名前」

「は、はい」

「今日、俺、誕生日」

「…えっ」

「ド派手に産まれてきた日だ」

「それは、おめでとうございます!」


まさか今日が宇髄さんにとって大切な日だったなんて全然知らなかった。前もってお誕生日、調べておけばよかった。


「知らなかったとは言え、渡せる物が無くて…」

「んなモンいいんだよ。名前の今日一日を俺にくれりゃあ、それが何よりのプレゼントだ」


私の…一日。
それって、勘違いなんかじゃない、よね?
宇髄さんも私を想ってくれてるって思っても、いいんだよね?


「宇髄さん」

「どうした?」

「今すぐ、渡したいもの…ありました」


彼の顔を見上げて、深く息を吸い込む。

───想いの丈を伝えるなら、今しかない。


「私の…恋する気持ち、もらってください」


紡いだ言葉は短いけれど、その想いは何より重く、この空間を支配した。
伝えたものの答えが怖くて俯いていると言葉の代わりにくれたものは彼の温もり。視界いっぱいに広がる着物の柄が抱きしめられていると気付かせてくれた。


「そこは、私をあげる、じゃねぇの?」

「…気持ちを伝える方が先でしょ」

「俺は、名前と出逢ったあの日から、お前しか見てねぇよ」


大きな掌が私の頬を包み、そっと目を閉じれば唇が触れ合った。

この先何があろうとも、
相手を想う心さえあれば、
どんな試練も乗り越えていけると信じてる。

-End-



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