居酒屋での一件以来、不死川さんと伊黒さんのコンビニ来店頻度が増えた。
伊黒さんから声をかけられる時は甘露寺さんという女性の素晴らしさを延々と語り気が済むと帰って行くというパターンがお決まりになっている。不死川さんに至っては顔を合わせる度に宇隨さんとはどうなったのかと揶揄ってくる。
どうなった、と聞かれても以前に比べれば親睦が深まった気はするけれど、それ以上の進展はない。
「俺が態々連絡先を交換させてやったのに」と舌打ちまでされてしまったが、用件もないのに連絡しても迷惑がられるだけでしょ…なんて口を滑らせた日には仕事に支障をきたす程の長い時間お説教されそうなので、そっと胸にしまっておいた。
「苗字さーん!聞いてくれよぉー!」
「あ、善逸君。どうしたの?」
「うちの学校もうすぐさ、学園祭なんだけど…俺のクラス、お化け屋敷をやるんだよね」
雑誌コーナーで陳列をしていると善逸君は邪魔にならないように角を陣取ってしゃがみ込む。
「お化け役をするんだけど、真っ暗な中で誰か来るまで待機しなきゃならないなんて幽閉されているようなもんでしょ?何で脅かし役が拷問されなきゃいけないわけぇー!?」
「お、落ち着いてっ」
「いくら学園祭がハロウィン当日だからって、あんまりだよぉー!」
いつもなら、グズる善逸君を宥める仲間が傍にいるのに今日に限って誰もいない。
泣き出す彼に困惑していると背後から声がかかった。
「おい、善逸。あんまり名前を困らせんな」
「あ、宇髄さん」
「だって宇髄先生ー!」
「んなモン、暗闇でド派手に騒いでりゃ怖くも何ともねぇだろうがよ」
嫌だ嫌だと駄々を捏ねる善逸君の腕を掴むと「迷惑かけたな」と言い残し店を出て行く。
こんな場面を目の当たりにすると、やはり宇髄さんは先生なんだなって思う。
学生時代に彼のような先生がいたなら、また違う人生を歩んでいただろうか。
いや、過ぎた事をあれこれ悩んでも変えられないんだ。
変わろうと決めて今を努力すれば未来は、きっと。
「騒ぎ立てて悪かったなぁ」
「善逸君、大丈夫ですか?」
「なぁに、あれがアイツの通常だから心配いらねぇよ」
「それなら良かった」
「名前、今日暇なら一杯どうだ?」
「是非!」
考えるより先に口から出た言葉は予想以上に力強くて思わず周囲を確認し恥ずかしさで顔に熱がこもる。
そんな私を見て子供にするように頭を撫で「後で迎えに来るわ」と言ってヒラヒラと手を振りながら出口へと向かって行く彼の姿を見送ると自然と口元が緩くなった。
いつもふわふわとした気持ちにさせる彼の言動が私にだけ向けられた特別なものなんだと自惚れてしまう。
ああ、これは恋なんだと気付いた時にはどっぷりとハマっていて、もう後戻りは出来ない所まで来てしまっていた。
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