駅近くにある割と大きめな居酒屋さんは平日の夜という事もあり人も疎らで注文した品が直ぐに運ばれてきた。
日頃あまりお酒は飲まないが、飲めない訳ではないし苦手でもない。
こうして誰かと飲みに行く機会が無かっただけ。
彼をもっと知りたいと思う気持ちに負けて来てみたものの、いざ席に着けばどんな会話をすればいいかも浮かんでこない。
人との関わりを絶って数年のブランクはかなり手強い事を痛感した。
「聞きてぇ事がある」
「な、何でしょうか」
「苗字の下の名前」
改まって言うから何かと思って少し身構えていたけど名前を聞きたかっただけだったのか。言われてみればきちんと自己紹介してなかったっけ。
「名前は、名前です」
「そうか、名前か。俺の名は…善逸に聞いたんだったな」
善逸君とは恐らく金髪の男子生徒の名前だろう。
返事をする代わりに首を縦に振って頷き、手に持ったジョッキに口をつけた。
「本当に居酒屋で良かったのか?もっと派手なBARもあっただろ」
「居酒屋がいいんです。あまり高級なお店だと緊張しちゃうから」
「なら、いいけどよぉ」
メニューを私が見やすいように開いて「好きなモン食えよ」と言ったかと思えば店員さんを呼び止めて生ビールを追加する。飲むペースが異様に早いけど、これが彼の通常運転なのかな。
「名前は、此処が地元か?」
「いえ、私の実家は山奥の田舎なんです。東京に出てきて三年になります」
地元かぁ、もう随分と帰省してないや。
たまに生存確認の連絡がくる程度で私からする事もないし。
「都会は人も街も派手だろ?」
「そうですね、宇髄さんのようにキラキラしてます」
「派手に着飾ってるからな」
「外見もですが内面は、もっと輝いてると…私は、思いますよ。ちょっとした気遣いとか本当に上手いなって思ってますし感謝してます」
お酒には不思議な力がある。
普段の自分なら気恥しくて絶対に口に出来ない率直な気持ちを意図も簡単に言えてしまうのだから。
「そいつは嬉しいねぇ。中身を褒められたのは初めてだぜ」
「思っていても直接伝えるのが恥ずかしいからじゃないですか?」
「名前は言ってくれたじゃねぇの」
「これは、…お酒の力ってやつですよ」
思ってる事を飲んでる時の勢いで言っても良かったのか、わからないけれど飲んでいるからこそ言える事もある。もっと上手い立ち回り方があるんだろうけど今の自分には、これが精一杯だ。
何も言葉を発しなくなった彼に目を向けてみれば顎に手を当て思い悩んでいる様子だった。
邪魔せず、そっとしておこう。
残っていたビールを飲み干して近くにいた店員さんに声を掛けようとした時だった。
「うわあああ!」
「どうした?…って、何してんだよ」
壁から顔を覗かせて此方を凝視している男性二人の姿に吃驚して声を上げれば宇髄さんの知り合いだったようだ。
まじまじ顔を見てみれば二人ともコンビニで会った事あるわ、うん。
「デートか?宇髄」
「特定の女と二人きりたァ珍しいじゃねェか」
「そう思うなら今すぐ此処から消えてくれや」
シッシと手で追い払うも効果はなく二人は空いている椅子に腰を下ろした。
「こんばんは」
「あァ、コンビニの姉ちゃんかァ」
「不死川、よく覚えてるじゃねぇの」
「俺は甘露寺以外に興味はない」
「はいはい、伊黒は一途だねぇ。名前、コイツ等は同僚で不死川と伊黒だ」
「名前です。いつもコンビニのご利用ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて挨拶をすれば二人は何故かキョトンとしている。
「名前、今は勤務時間外なんだ。畏まる必要ねぇぞ」
「え、いや、でも…」
「真面目だねぇ」
「名前に酌でもしてもらうかァ」
「あん?おい、不死川、馴れ馴れしいんだよ。名前を呼び捨てにするんじゃねぇ!それと席代われ!酌なら伊黒にしてもらうんだな」
静かだった店内が一気に賑やかな空間へと変わった。
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