想いの丈 | ナノ



仕事にも漸く慣れ始め、顔馴染みのお客さんとも挨拶や他愛もない話をしたりする余裕も持てるようになった。
このコンビニは学校の近くにあるので日中は学生さんの利用が多い。
いつだったか外の清掃をしていたら金髪の学生さんに声を掛けられて話をしていると此処は割と先生方も訪れているのだとか。
その話の流れであの日私を助けてくれた人は宇髄天元さんという名前で美術の教師なのだと教えてもらった。
宇隨さんとは週に三回位しか顔を合わせないけど本人曰くほぼ毎日来店しているらしく見かけたら多少の会話をする間柄にまで発展した。

店長に頼まれて急ではあるが残業をしているとガラス越しに見知った姿が目に止まる。
向こうも私に気付くと歩みを止めてブンブンと効果音が聞こえそうな勢いで手を振り少年のようにはしゃぐ姿が何とも可愛くて笑みを零せば駆け足で店内へと入ってきた。


「よぉ、残業か?」

「はい、明日お休みなので少しなら残業してもいいかなって」


笑いながらそう告げれば「働き者だなぁ」と頭を撫でられる。
以前の私なら人と話すなんて億劫でしかなかったのに今ではこうして会話が出来る事を嬉しいと感じるなんて。
きっと相手が宇髄さんだからそう思えるんだろう。
柔らかい雰囲気や彼特有の人柄に周りの人達は惹き付けられるんじゃないかな、これは一個人の意見だけれども。


「宇髄さんは、今からご帰宅ですか?」

「あぁ、帰る前に駅前で一杯飲んでくかなぁ」

「あまり飲み過ぎないようにして下さいね」

「おう。…仕事、何時までなんだ?」

「後、一時間位ですね」


答えたその時に商品が到着したので頭を下げ慌てて検品をしに奥へと向かった。
残業したから宇髄さんにも会えたし元気を貰った。
後少しの時間、頑張ろうと気合いを入れて仕事に取り掛かった。

漸く仕事を終えて外に出れば、すっかり日も暮れていて風が吹く度に舞い落ちる銀杏の葉が辺り一面を秋色に染めていた。
そろそろ冬物を出さないと…なんて考えながら歩いていると、壁に寄りかかってスマホを弄る人の姿が視界の端に映る。
そこには、とうに帰っていたはずの彼が居て気付いた時には考えるより先に声を掛けていた。


「宇髄…さん?」

「お、終わったか」

「どうしたんですか?」

「夜道に女一人は危ねぇからな。近くまで送るわ」

「それでずっと待っててくれたんですか?」

「なぁに、大した時間じゃねぇよ」


目前の男前は、さも当たり前かのように平然と言う。

コンビニの店員と常連客、プラス少し話をする程度。
ただそれだけの関係で貴重なプライベートの時間を犠牲にするなんて、中々出来る事じゃない。
これが慈善活動ならば、自分を好いているんじゃないかと勘違いしてしまう女性も少なくないだろう。
私もその内の一人になりそうだったからね。


「ひょっとして…派手に警戒されてるのか、俺」

「あ、警戒はして…ないですけど」

「ハハッ!まぁ、そりゃそうか。送るのは口実で、苗字と話をしたかったってのが本音だな」

「…私と?」

「明日休みって言ってたな。一杯付き合っちゃあ、くれねぇか?」


もっと話してみたいと思っているのは私も同じ。
ならば断る理由なんて、どこにもない。

宇髄天元という人物を深く知れる絶好のチャンスだ、もう一人の自身が囁く。


「はい、私で良ければ」

「よし、行こうぜ!」


ニカッと笑う彼につられて自然と笑みが零れる。
いつの間にか車道側に移動し歩幅に合わせて歩く、彼の細やかな気遣いが乾いた私の心に潤いを与えてくれた。


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