接客業は、どちらかというと苦手だ。
学生時代に謂れのない罪をきせられてからは人と関わる事を拒んで生きてきた。辛い思いをする位なら独りぼっちで構わないと楽な道を選んだのだ。
出来る事なら倉庫で黙々と仕分け作業したりダイレクトメールの封入作業をする方が性に合っている。
それなのに何故、コンビニの店員をしているのか。
───私自身、変わりたかったからだ。
日々読み耽っていた恋愛小説は、いつしか憧れへと変わり「こんな恋愛をしてみたい」と夢を抱くまでになっていた。
その為には人と接する事が必須なわけで老若男女問わずに訪れるであろうコンビニで働くという結論に達したのだ。
「いらっしゃいませ」
「お姉さん、苗字さんって言うんだ。下の名前は?あ、それとスマホの番号交換しようよ」
「お会計564円でございます」
「なぁ、シカトはマズイっしょ。俺、客だよ?」
レジの操作を一通り教わり、独り立ちして早々にトラブル発生。しかもクレームの類ではなくお手軽なナンパだ。
こんな客が来た日には全力でグーパンをお見舞いしたい。あ、実際に暴力行為は犯罪だからあくまでも脳内で思うだけね。
こういう時に限って他の店員はバックヤードでドリンク補充や発注してるんだよなぁ。
「申し訳ございませんが個人情報はちょっと…」
「あぁ!?態度悪い店員がいるってネットで拡散してもいいんだぜ?」
それは困る、働き始めて日も浅いのに店の信用問題にも関わるような事をされたら責任なんて取れないし。
こうなったら奥の手…ブザー鳴らして対応してもらうか。
レジの下にある呼び鈴に手を伸ばした、ちょうどその時だった。
「なぁ兄ちゃん、いい加減にしてくれねぇかい?さっきからギャーギャー喧しくて聞いちゃいらんねぇよ」
ガムを噛みながらゆっくりと此方に歩み寄るフードを被った男性が絡んできた男を見下ろしながら注意してくれたのだ。
「…もういいわ」
相手を見て一瞬目を見開いた後、軽く舌打ちをして品物も買わずにそそくさと店を立ち去った。
「器の小せぇ地味な野郎だぜ」
助けてくれた男性は鼻で笑い飛ばし「アンタも、そう思うだろ?」と問うてくるものだから笑いが込み上げてきた。
外見からすれば先程の男より、この人の方が派手で軽薄そうな印象なのに…人は見かけによらないって言葉が今程しっくりくる事は早々ないだろう。
「助けて下さりありがとうございます」
「これでも一応、教師なんでね。ああいう輩を見過ごせねぇんだ」
「…先生なんですか?」
「らしくねぇって言いたげだな?すぐそこにある、きめつ学園が勤務先な」
「いえ、そんな事は…」
随分と背丈のある男性を見上げてみれば、それはそれは整った綺麗な顔には赤いペイントのような物で模様が施されていて目が釘付けになった。
タトゥー、ではなさそうだけど毎日描いているのかしら。
「そんなに派手に見つめられると自惚れちまいそうだなぁ」
「…えっ?」
「おっと、戻らねぇと授業が始まっちまう。じゃあな、苗字」
「あっ、ありがとうございました!」
何も購入せず店を後にした名も知らない先生に何となく興味を持った。
これが、彼との初めての出逢いである。
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