「…んで、ド派手に啖呵切って飛び出してきたって訳か」
不死川さんの邸を飛び出して浅草方面を目指し走っていると突然上空から声が降ってきて、立ち止まり天を仰げば屋根の上で宇髄さんが片手を振り上げていた。
まだ乾ききらない涙の跡を咄嗟に袖で拭ったけれど、時すでに遅し。宇髄さんの顔を見上げれば困ったような笑みを浮かべ此方を見ていた。私事でそんな顔をさせてしまった申し訳なさで自然と視線は下へと落ちていく。
「甘いモンでも食うか」声が耳に届くのと時を同じくして優しい手つきで頭を撫でると、そのまま腕を掴まれて半ば強引に甘味処へと連行されて今に至る。
「だって酷い話じゃないですか。傷つけたから仕方なしに貰ってやるって…私は物じゃないのに」
「惚れた男の嫁になれるんだ、もっと派手に喜べよ。この際理由なんて二の次でいいじゃねぇの」
やはり色恋の話を男性に相談したのは間違いだった。どれだけ女性に言い寄られていても所詮は男性側の気持ちしかわからないんだ。
あからさまにムスッとした顔をしてみせれば「怒る相手間違えてんぞ」と頬をつつかれる。
「私は、自分と同じ…とまではいかなくても相手の方に愛されたいんです。気持ちがないとわかっている夫婦生活なんて惚れた側からすれば、生き地獄ですよ」
「そんなもんかねぇ」
「そんなもんです。…それ程までにお慕いしているんです」
目の前に置かれた団子を一つ頬張ってお茶を啜れば、宇髄さんは頬杖をついたまま此方を見ている。
物言いたげな瞳から逃れるように再びお茶を口に含めば、声の代わりに盛大な溜め息が空間に響き渡った。
「お前達、地味に面倒臭ぇな」
「可愛げ無いって自分でも思います」
「そうじゃねぇよ。…まぁ、いいわ。悩め悩め」
「悩むも何も、もう済んだ事ですから」
一つ残っていた団子を頬張ってお茶を流し込み、席を立とうとすれば宇髄さんに腕を掴まれる。
正直そろそろ本日お世話になる宿の目星をつけておきたい所なんだけどな。
「名前、行く宛はあんのか?」
「他の隊士と同じように藤の家紋の邸にお世話になりながら任務に励みます」
「なら、俺ん所に来いよ。お前に頼みてぇ事もあるし丁度いいぜ」
「…頼みたい事?」
「あぁ、とある場所で鬼が人に成りすまし派手に客を喰らってるらしい」
任務とあらば引き受けない訳にはいかない。
けれど、何だろう…嫌な予感がしてならない。
宇髄さんの周りには頼もしい隊士が幾らでもいる筈なのに、よりにもよって私のような半人前に頼む必要があるのだろうか。
「宇髄さん」
「何だ」
「私、嫌な予感しかしません」
「流石だなぁ。とある場所っつーのは…遊郭だ」
「全力でお断りを…」
「待て待て、名前にしか頼めねぇんだよ」
頭を下げて「頼む!この通り」手を合わせられてしまっては了承するしか選択肢は無い。
「私の貞操、保証してくださいね」
「約束する」
「はぁー…。悲しむ暇も無いですね」
「俺で良ければ慰めるぜ。そりゃあもう、ド派手にな」
おどけてみせる色男を冷ややかな目で見つめれば「つれないねぇ」と大袈裟に落ち込む素振りをする。
独特だけれども宇髄さんなりに励ましてくれたお陰で、少し心が救われた。
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