目を覚ました時には蝶屋敷のベッドの上で脇腹の傷は差程深くなかったものの縫合をしてあるので要安静との事だった。
無理をすれば治りが遅くなるだけではなく、傷口から菌が繁殖して最悪死に至る事も…なんて蟲柱の胡蝶さんが眩い笑顔で恐ろしい事を仰るものだから横になっている間も身動ぎさえ出来なかった。
時間を費やしたが言い付け通り大人しく過ごしていたので傷口も綺麗に塞がり漸く邸に戻る許可が下りた。
胡蝶さんから聞いた話によると私が此処に運ばれてきた時の不死川さんは焦燥感に駆られている様子だったらしい。あんなに取り乱す姿を見たのは初めてだとも言ってたような。
不死川さんと会うのは、あの日以来。二、三度任務の後に立ち寄ってくれたみたいだが、何れも眠っていたので姿を見ていないのだ。
どんな顔をして接すればいいだろう。
第一声はどの言葉がいいだろう。
邸内に足を踏み入れる事を躊躇していれば背後から声を掛けられる。
「んな所で何してんだ、早く中へ入れェ」
「あ、あのっ」
「何だ、まだ痛むのかァ?」
そう問いながら正面に回ると私の脇腹に視線を落とす。隊服を着ているので傷は見えない筈なのに、あまりにもじっと見つめるものだから咄嗟に手で隠してしまった。
「傷は塞がりました。ご心配とご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした」
「そうかァ。…名前、お前に話しがある」
「な、んでしょうか」
まさか。
面倒見きれないから出て行け、とか。
見込みがないから隊士を辞めろ、とか。
顔も見たくない、とか。
そんな事、言わない…よね?
私を、見限ったりしないよね?
「そこ、座れェ」
「失礼します」
まだ心の準備はついてないけど不死川さんの事だ。前置きなんて面倒な言葉だと省いて本題を話すだろうから。
大きく深呼吸して口を開くのを待った。
「名前」
「は、はい」
「俺の嫁になってくれ」
それは、余りにも唐突に告げられた。青天の霹靂とはまさにこの事だ。
不死川さんが私に異性として好意を持ってくれている素振りも無かったのに。
想いが通じ合って恋仲になって夫婦になる。それが一般的な順序だと思っていた。
この求婚には何か意図がある、女の勘がそう言っている。
「また、突然ですね」
「消えない傷を負わせた責任を取る。それが男としての義務ってモンだろ」
私の勘は正しかった。
そこに、恋だ愛だの感情なんて、ありはしなかった。
「責任…義務…そんな形で夫婦になれたって誰も幸せになりゃしませんよ。不死川さんは女心というものを全く理解してない。それに私は、鬼殺隊に入る前から命を懸けて戦う覚悟は出来てるんです。こんな傷の一つや二つで喚く程、弱くなんてないっ」
泣くものか、と懸命に堪えていた涙は無情にも頬を伝い零れ落ちた。想いを寄せていた相手に情けを掛けられ嫁になれと言われて喜べる筈もない。
傍に居られるだけで幸せだと思っていた。それなのに何時しか愛されたいと願う欲深な心に成長していた。
その想いは、きっと叶わない。
だから自ら此処を出て行こう。私が近くに居る限り自責の念に駆られてしまうだろうから。
荷物と呼べる程の量でもない品物達は日を改めて取りに来よう。
今は少しでも早く、一人になりたいから。
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