慕情 | ナノ



「名前、お前を愛しく思ってる」


耳に届いた言葉に微塵も混じり気はないって思えたのは、彼に抱きしめられたから。
優しい声色でゆっくりと丁寧に想いを込めて紡がれた言葉、割れ物を扱うようにそっと包み込む逞しい腕、触れ合う身体から伝わる温もり、全てから愛を感じる。

意地を張るのは、もうやめよう。
こんなに真っ直ぐに想いを伝えてくれたんだもの。

息を吸い込んで彼の顔を見上げた。


「一目会ったその瞬間から、ずっと想いを寄せてます」


嬉しさから溢れる涙は頬を伝い流れ落ちる。
上手く笑えているか自信はないけれど、私の気持ちは届いたのだろう。
視線が交わると彼は目を細め指の腹でそっと涙を拭い額に口付けをする。


「帰るかァ」

「はいっ」


持ってきてくれた隊服に着替えようと帯に手を掛けた時だった。


「御取り込み中すまねぇな」

「宇髄さん」

「宇髄、テメェ…」

「ちょっと、不死川さん落ち着いて下さい」

「そう怒んなって。この俺が焦れったいお前等の仲を取り持ってやったんだ」


仲を取り持つ為の芝居だったって事?
それにしては随分と大掛かりな仕掛けまで施して…私をも欺いていたのか。


「任務じゃねェのかよ」

「調査の依頼は本当だ。名前、何かわかったか?」

「あ、じゃああの音は宇髄さんの仕掛けでは無いのですね」

「…音?」

「はい、何かが這いずるような音が何度か聞こえました」

「詳しく話してくれ」


音が聞こえた場所や時刻を伝えると宇髄さんは難しい顔をしていた。


「本格的な調査が必要じゃねェのか?」

「…そうだなぁ」

「先に言っとくが、名前にはやらせねェからな」

「その点は問題ねぇよ。既に三人送り込んである」

「私、必要無かったじゃないですか」

「流石に名前程の聴覚は持ち合わせてねぇから、今回は助かったぜ」


結局の所、音の正体までは突き止められていないのが心残りだけど、これ以上は関わるなと不死川さんに言われてしまったので諦めて邸に戻る事にした。


───────


「不死川さん」

「何だ」

「私、もっと強くなりたいです」


強さを求め始めた発端は不死川さんに少しでも近づきたくてという不純なものだった。
彼の元で鍛錬を積み階級も上がって想いも実った。
けれども、此処が終着点じゃない。
彼の隣を共に歩んで行きたい。
まだ、不死川さんに実力を認めてもらえた訳じゃないから。


「…名前」

「わかってます。不死川さんが私を危険から遠ざけたいと思ってくれている気持ちは充分に理解しているつもりです」


暫し見つめ合い沈黙が続いた。
この状況、前にもあったなぁ。甘味処で鍛えて欲しいって頼み込んだ時の事を思い出していると、不死川さんは盛大な溜め息を吐いてガシガシと頭を掻き毟る。


「…気の済むまでやれ」

「ありがとうございます!」

「但し」

「…但し?」

「俺の目が届く所で、だ」

「はいっ!」


彼に背中を預けて貰える程、強くなり信頼される日が来ると信じて今日も稽古に励みます。


───────
柱稽古が始まり参加している隊士達が次々と根を上げて倒れ込んでいく。中には実弥さんの事を横暴だとか一方的な打ち込みは鬱憤晴らしだとか文句をつける人もいた。


「こらぁ、そこの人達!実弥さんは確かに強面で口調も態度も荒々しいけど心根は優しくて甘味が好きな可愛らしい一面もあるんだからね!」


私が喝を飛ばせば苦情の矛先は此方へと変わり、それを聞いた実弥さんが怒鳴り散らす。


「おい、お前等ァ!名前はなァ、頑固でじゃじゃ馬だが誰より根性あって一途に尽くす良い女だ。よく覚えとけェ!」

「えっ、ちょっと実弥さん!私、じゃじゃ馬なの!?」

「んな事より、名前。俺のどこが強面なんだァ?」

「お二人共、喧嘩はやめてくださいよー」

「煩ェぞ」
「煩いなぁ」


これが二人なりの愛情表現。


-End-



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