話し始める前には西陽が射し込んでいた室内も今ではすっかり暗くなっていて、随分と時間をかけて話していた事に気付く。
記憶に残っている内容は全て伝えた。誰にも話せず溜め込んだものを吐き出せて胸の奥底にあった痼は跡形もなく消え去った。
けれど話し終えても宇髄様が目を閉じたまま全く言葉を発せずにいる事で少しばかり不安に駆られる。
例え他の誰かに信じてもらえなくても構わない。
宇髄様さえ信じて下さるのなら。
どうか私を、嫌わないで。
「名前」
「は、はいっ」
「話してくれた事、感謝するぜ」
「それでは…」
「信じるに決まってんだろ」
その一言を聞いた瞬間、歓喜の涙が溢れ出た。
裏付ける根拠のない話を信じてくれたばかりか感謝するとまで言って下さった。
長期の任務から戻って来て早々は唐突な申し出に疑念や戸惑いしか無かったが、日々を共に過ごし優しさや温かさに触れる度、宇髄様にお声掛け頂いた事を有難く思っている。恵まれた環境に居られる自分は幸福者。
此処が、私の在るべき場所。
宇髄様が与えて下さった私の居場所なのだ。
「名前、お前は一人で抱え込み過ぎなんだよ。もっと俺に甘えろ」
大きな手が頭に触れ撫でられると、止まりかけた涙は再び溢れ出した。こんなにも涙脆かったのか、私は。
否、違う。宇髄様が、優し過ぎるのだ。
その優しさに一度でも甘えてしまえば二度と離れられなくなりそうで怖い。
優しさを勘違いして宇髄様に想いを寄せてしまわぬように。
「宇髄様」
「天元」
「あの、」
「いい加減、名を呼んでくれ」
「でも」
「呼ばねぇなら名を呼びたくなるまで、その唇に言い聞かせるか」
暗闇の中、宇髄様の手が顎に触れると上を向かされ濃い赤紫色の瞳と視線が交わる。
「名前、俺の名を呼べ」
ゆっくりと近づいてくる顔から目を背けようとしても逃がしては貰えなくて。
「て、…天元様」
唇が重なるすんでのところで根負けし名を呼べば、顎は解放され素早く後方へと退いた。
天元様は何を考えておいでなのだ。このような事を誰彼構わずしているとするなら、気を持たせる行為は慎んで頂きたい。心臓が破裂するかと思う程、バクバクしてしまった。
「お戯れが過ぎますっ」
「そんなつもりは微塵もねぇんだが」
「風柱様にも申し上げましたが、そのような行為は好いた女性になさってくださいませ」
ぷいっと顔を背けて部屋の灯りを着ける為、立ち上がる。
「不死川には匂いを嗅がれただけじゃねぇのか?」
「…あ、首筋を舐められました」
「あの野郎…」
「天元様も同罪ですよ」
「俺は、いいんだよ。俺は」
理にかなっていないけれど、受け入れてしまう。
それは、相手が天元様だから。
← 目次