手の鳴る方へ | ナノ



素早くベッドから下りて久方ぶりにお会いしたしのぶ様に頭を下げれば、にっこりと笑んで優しく名を呼んでくれる。


「名前」

「はい!」

「真面目な貴女が馴染めているか心配してましたが…大切にされているようなので安心しました。あまり無茶をしてはいけませんよ」

「はい!しのぶ様、ありがとうございます!」


身内も帰る場所も失くした私に手を差し伸べて蝶屋敷に住まわせてくれたしのぶ様。
離れていても、こうして気にかけて下さる優しさが深く胸に染み入る。


「胡蝶、名前を連れ帰っても構わねぇだろ?」

「構いませんが、今日は大事を取って休ませてあげてくださいね。無理を強いたら駄目ですよ」

「ああ、世話になったな」


宇髄様は片手に私の刀を持つと、もう片方の手で私を担いだ。


「えっ、宇髄様?」

「不死川、報告頼んだぜ!」

「あァ!?」


風柱様が何か怒鳴っていたが既に走り出していた為、聞き取れなかった。次にお会いした時、きちんと謝罪しよう。

暫くして邸とは別の方角に向かっている事に気付いたが、走行中に話しかけようものなら舌を噛んでしまいそうだったので素直に従っておくべきだと口を閉ざした。


───────


陽が傾き辺りは段々と茜色に染まる頃、宿屋に到着した。部屋に案内されると宇髄様は意気揚々と温泉のある場所へ向かって行った。
私はと言えばお茶を飲みながら断片的な記憶について頭の中で整理していた。

継国縁壱なる人物は戦国時代の鬼殺隊に在籍していたのならば、何処かの蔵に文献が残っているのではないだろうか。
黒死牟がまだ生きているならば…いや、きっと生きているはずだ。ともなれば、月の呼吸についても知っておく必要がありそうだ。

そして何より気掛かりなのは、青い彼岸花。

鬼舞辻が青い彼岸花を探している理由が謎に包まれたままだ。
数年に一度、咲くか咲かないかの、とても稀少な花だと聞いた。その花が鬼舞辻にとって重要な役割を果たすとするならば。


「花に含まれる成分、かな」


薬学について学んでいないので確証はないが他に思い当たる節もない。

…これは憶測に過ぎないが、鬼舞辻が青い彼岸花を欲している理由が強さを手に入れたいからだったなら。
強さ…?
特殊な能力…?
完璧な肉体…そうか、それだ。

弱みを無くす事、即ち唯一の弱点である陽の光だ。


「克服する手立てが、あの花って事か」

「何を克服するって?」


突然声を掛けられて吃驚していると温泉に向かったはずの宇髄様が壁に寄り掛かり腕を組んで此方を見下ろしていた。


「宇髄様、いつから…」

「手ぬぐいを取りに戻ってきたんだが、お前の独り言がどうも気掛かりでなぁ」


宇髄様は目の前まで来ると腰を下ろし目線を合わせる。
普段目にする表情とは違い難しい顔をしていて、居た堪れない気持ちになる。
視線を外して俯けば、そっと私の頬に触れ少し掠れた声で名を呼んだ。


「名前」

「は、はい」

「俺は派手に名前を信頼してる。過去がどうであれこの先何があろうとも、それは揺るがねぇしお前を手放すつもりは微塵もねぇよ」

「…宇髄様」

「どうだ、名前。少しは信じて頼っちゃくれねぇか?」


それ程までに大切に思ってくれていたなんて。
宇髄様なら、大丈夫。
今から話す昔話を、悪い夢でも見たのだろうと茶化したりせず信じて下さるだろう。


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