これは戦国の世に産まれ鬼舞辻無惨の手によって鬼にされてしまった頃の記憶。
陽の光を避けるように暮らしていた日々。
鬼を狩る剣士が死を恐れ自らの意志で鬼になったそうだ。月の呼吸なるものを操り日輪刀を扱うその鬼の強さは仲間内でも一目を置かれていた。
その鬼の名は、黒死牟。
鬼舞辻からの命令で青い彼岸花を探すようになり数年が経ったある日、耳飾りの剣士と遭遇した。
鬼である私を見るや否や手にした刀の切っ先を向けてきた剣士を見つめていると何故か黒死牟を思い出した。
血鬼術を使ってその剣士の心に触れてしまえば、その謎も直ぐに解決した。
彼等は双子の兄弟だったのだ。
鬼を狩る剣士と、人を喰らう鬼。相反する関係はどちらか一方が滅亡しない限り終結する事はない。
───私は今日、此処で死ぬのだろう。
鬼の中でも人を喰らわずとも生きているという異質だった私に鬼舞辻が興味を持ち気紛れで生かされている。けれど、何の為に生き長らえているのか…このまま生き続けて何の意味があるのか。
どれ程の月日が流れても答えには辿り着けないままだった。
そんな身の上話をしていると彼は言った。
「人に危害を加えないと誓いを立てた鬼を見逃した事がある」と。
この剣士が既に敵意を抱いていない事はわかっている。
でもそれは、このまま鬼として生きていかなければならない理由には繋がらない。
人として産まれ育ってきた記憶を持ったまま鬼として生きている事が辛い。いつ鬼舞辻の気が変わって殺されるやも知れない恐怖に怯えながら生きていく状況に疲れ果てていた。
繋ぎ止める枷から、
断ち切れない柵から、
逃げたかったんだ。
そして、最終的には継国縁壱と名乗った耳飾りの剣士に生涯の幕を閉じる手助けをしてもらったのだった。
───────
目を開けると、暫くは天井を眺めながら先程まで見ていた前世の記憶を思い返していた。
鬼舞辻無惨、黒死牟、そして継国縁壱。
此処まで前世の記憶が残っているならば、ひょっとしたら鬼舞辻を追い詰める手掛かりが見つかる可能性もあるのでは。
「名前!お前なぁ、目ぇ覚めたなら声掛けろよ」
「…宇髄様」
「どうだ、大事はないか?」
「いえ。…御迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません」
「んな事はいい。今、胡蝶呼んでくる」
前世の話だなんて、御伽噺だと笑われるだろうか。
思えば偶然出会った少年の耳飾りを目にした時が始まりだった。
あの少年は縁壱さんの子孫…なのか?
「なァ、名前」
「風柱、様」
「…縁壱っつーのは、一体誰だァ?」
何故その名を…。
あまりの驚きに声すら出せずにいた。
「お前は一体、何を隠してやがる」
「か、隠すだなんて」
「なら何故、そこまで驚く必要がある」
瞳は私を捉えたままベッドに両手をついて顔を近づけてくる。息がかかる程の距離で「何とか言えやァ」と凄まれると、今度はその恐怖から余計に声を出せなくなった。
「おいおい不死川、俺の大事な継子だ。派手に手ぇ出してくれるなよ」
宇髄様が慌てて駆け付け、風柱様の身体をベッドから下ろしてくれた。
「こんな貧弱な奴が継子だァ?」
「基礎体力は相当ついてるはずだぜ。ド派手に走らせてっからなぁ」
バチバチと効果音が聞こえてきそうな程に睨み合う二人の間に割って入ったのは蟲柱の胡蝶しのぶ様だった。
「お二人共、此処は病室ですよ?喧嘩するのでしたら迷惑ですので外でやってくださいね」
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