宇髄様と行動を共にするようになって数日が過ぎた。
此方に戻って早々、息つく暇もなく移動と戦闘を繰り返す多忙な日々を身体に覚えさせるまでだいぶ時間を費やしてしまった。
改めて京に滞在していた期間は鬼が殆ど生息しない状況に甘えきっていたんだと痛感した。
それにしても状況を先読みをしつつ無駄が一切ない行動をしている柱と鎹鴉からの伝令を待ち従い動く隊士とでは、こうも違うのかと熟思い知らさせる。
何故こんな自分を手元に置きたがるのか。未だに宇髄様の思考はわからないままだ。
「今日は邸に戻るぞ」
「承知しました」
「名前、お前は先に戻ってろ」
「…宇髄様は、」
「天元でいいと何度言えば理解するんだ、この頭はよぉ」
容赦なくわしゃわしゃと頭を撫で回す大きな手に抵抗せず、されるがままでいれば上から盛大な溜め息が降ってくる。
「俺は任務の報告をしなけりゃならねぇ。今日はゆっくり休め」
「ありがとうございます」
瞬く間にこの場を去る宇髄様のお言葉に甘えて一足先に邸へと戻った。
邸に着くと庭先に人の気配を感じて挨拶をしようと玄関を素通りし庭の方へ足を進めていく。
これだけ広い邸なのだから女中さんが居ても何ら不自然ではないのだが此処の主様は隊士や隠を宿泊させる代わりに邸内の一通りをさせていたようだ。
誰が出入りをしていても深く気に留めないと本人も言っていたので今も大方見知った人が来訪しているのだろう。
「…かっ、ぜ柱さまっうわあああ!」
角を曲がり一歩足を踏み出すと風柱様を視界に捉えた。すると次の瞬間には首筋に刀を突きつけられていた。
突拍子もない声を出し驚いていると風柱様は小さく舌打ちをして刀を鞘に戻す。
相手が柱じゃなかったら文句の一つも言いたいところだ。
「宇髄の言ってた片腕っつーのは、お前かァ?」
「か、片腕だなんて滅相もない!付き人のようなものでございます。…仮、ですが」
「…あァ、噂通りに甘ェ匂いがすんなァ」
宇髄様も似たような事を言っていたが甘い匂いとは一体何の事なのだろう。
自身の袖をくんくんと嗅いでみたけれど特に匂いはしない。
「私、臭いのでしょうか…」
もしかしたら臭くて迷惑をかけているのだろうか。
それを遠回しに教えてくれている…とか。
不安に駆られて直接問うてみれば、風柱様は大きな瞳を更に大きく見開いたかと思えば今度は喉を鳴らして笑い始めた。
あ、笑った顔を初めて見た。泣く子も黙る…、なんて言われているけど怖いのは外見だけなんじゃないだろうか。
「お前、名前は?」
「苗字名前、階級は戊です」
「名前」
「はいっ!」
「お前にゃ何か、とんでもねェ秘密がありそうだなァ」
私の首元に顔を近づけて確かめるように匂いを嗅ぎ始めた。時折耳を掠める吐息に身体が反応してしまう。
肩に手を置いて風柱様の方へ引き寄せられた直後、首筋を下から上へ生温かいものがゆっくりと這っていく感触がした。
「ひゃっ!」
「…甘ェな」
「な、なっなななにをしやがるのですか!」
「あァ?舐めただけだろ」
文句あるのかと言わんばかりの面持ちで、再度距離を詰めてくる風柱様から唯ならぬ恐怖を感じる。
「そのような事は好意を抱く女性になさってください!」
いくら柱と言えど後輩を揶揄うにも限度がある。
これ以上の悪戯をされないように急いで邸内へと逃げ込んだ。
もしこの件を風柱様に責め立てられるような事態に陥ったとしても宇髄様が上手く取り成して下さると信じて。
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