鬼殺隊の隊士になって初めての秋。
京の方へ任務に向かってから数ヶ月振りに帰還命令が言い渡された。
列車を降りて久方ぶりに目にした景色を眺めていると人波に逆らって歩く、すこぶる大きくて派手な人と目が合った。
どこか見覚えのある左目付近に施された模様、頭部の煌びやかな装飾…この御方は、もしや。
「おっ、音柱様」
「お前が、苗字名前か?」
「はいっ、そうです」
「少し、俺に付き合え」
「…私、ですか?」
京では特に取沙汰される事件も無かった。何せ異能の鬼どころか異形の鬼にさえ出会してないのだから。
鬼が生息しない場所が存在する事は、とても喜ばしい。けれど日々命を張って戦っている隊士だって少なくないのに自分だけ楽をしているようで申し訳ないと感じていた。
今回の帰還も単に常駐の必要がないと上の人達が判断したからだと思っていたのに、直々に柱がお出迎えとは只事ではなさそうだ。
ひょっとしたら『今の私』ではなく『前世の私』についての話だろうか。しかし、それは考えにくい…誰にも話していないのだから。
…いや、正確には話していないのではなく、話せないんだ。
「なぁに、身構える事はねぇ。着いてこい」
「承知致しました」
返事をすれば、ニッと笑ってゆっくりと走り始めた。
徐々に走行速度を上げていく音柱様に置いていかれないよう距離を保ちながら着いて行く。
暫くすると表通りから人気のない道へと進み宿屋の前で立ち止まった。
「京へ行く前までは、蝶屋敷で世話になってたらしいな」
「はい、そうです」
部屋は既に予約でもしていたのか、すんなりと受付けを通過し部屋の中へと入ると荷物と共に隅の方へ正座をした。
「何してんだ。こっちへ来て座れ」
「え、でも…」
「派手に振舞え。遠慮なんざ地味な奴のする事だ」
「失礼します」
柱の隣に座り直して随分と高い位置にあるお顔を見上げる。これは首を痛めそうだと考えていれば察してくれたのか自身の腿に肩肘をつき頬杖をついて「これならいいだろう」と愉しそうに笑いながら言う。
「御心遣い、感謝します」
「話に聞いてはいたが真面目だねぇ」
「柱の皆様を尊敬しておりますので」
「…なぁ、名前」
「はい」
「俺と派手に仕事する気はねぇか?」
質問の趣旨がわからない。
派手な仕事とは一体どのような内容なのだろう。それは鬼殺隊の仕事内容とは別件なのだろうか。
うーん、と唸り声をあげながら頭を悩ませていると左手で私の眉間に深く刻まれているであろう皺に触れながら再び口を開く。
「俺の片腕として働いて欲しいんだがなぁ」
「才能溢れる隊士なら幾らだっているのに何故私なのですか?」
「理由か。…強いてあげんなら」
途中で言葉を止めてニヤリと笑うと眉間を触っていた人差し指が唇に触れ、ゆっくりと輪郭をなぞっていく。
熱っぽい目と視線が交わると、そこで漸く続きを口にした。
「お前から香る、甘ったるい匂いに興味を唆られた」
「私、別に…」
少しずつ近づいてくる端正なお顔は世の女性なら誰しも見惚れてしまうに違いない。
一隊士の自分なんぞが見つめる事さえ烏滸がましいと思う気持ちと色気に当てられて赤くなっているであろう顔を見られたくないという気恥ずかしさから俯くとギュッと目を瞑った。
「度が過ぎたか。悪かった」
「…いえ」
「悪いようにはしねぇ。俺の元で働いちゃあくれねぇか?」
勧誘の真相は曖昧なままだが、このまま話していても平行線だ。幾日か共に過ごせば私に特別な才能は無いと判って愛想を尽かすだろう。
「仮…でも宜しいでしょうか」
「あぁ、今はそれでも構わねぇぜ」
「ありがとうございます。どうぞ宜しくお願い致します」
こうして音柱様と常時行動を共にする日々が始まった。
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