手の鳴る方へ | ナノ



前世の自分が何者でどのような生涯だったかなんて一度として気に留めた事はなかった。
一個人の考えとして、本来生き物はこの世に生を受けた時に過去の記憶は失われているものだと思っている。
幾ら思い悩んでも過去には戻れないし変えられない。
ならば、これから訪れる未来の為に今、自分が出来る事に全力を尽くしたい。

そう思っていた。

あの、花札のような柄をした耳飾りを目にするまでは…。


───────


私には四人の弟がいた。母は一番下の弟を産んで直ぐに体力がもたなくて命を落とし、父も流行病にかかり後を追うようにこの世を去った。
それからは父方の祖父母の元でお世話になっていた。
しかし、私が鬼殺隊士になるべく最終選別に行っている間に鬼に喰われ、この世界に肉親と呼べる存在は誰一人としていなくなった。

世の中から鬼を排除しない限り悲劇は繰り返される。
滅しても、滅しても、増え続ける鬼。
その根源をなくさなければ無意味なのだとわかっていても家族を奪った鬼が憎くて仕方ない。
寝る間も惜しんで、ただひたすらに任務を遂行していた。

そんなある日、任務の合間に立ち寄った小さな町で炭を売っている少年に出逢った。
彼の耳元を見た瞬間、今まで忘れていた記憶の情報が次々と脳内を駆け巡る。

──頭が、割れそうに、痛い。

立っているのもやっとだった私を少年が心配そうな面持ちで見つめていた。


「…っ!」


ふらつく足取りで小路に入ると頭を抱えてしゃがみ込んだ。
目を閉じて深く息を吸い込むと、ほんの少しだけ痛みが和らいでくる。

あの耳飾りに見覚えがある。
それは恐らく今の時代ではない、遠い遠い昔の記憶。
これは前世の私の記憶なのか。

花札のような柄の耳飾りの剣士が此方に刃先を向けていた。
彼の構える紅い刀は恐らく日輪刀だ。


ああ、そうか。
私の前世は、鬼だったんだ。


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