暖簾を潜り足を一歩踏み入れれば「いらっしゃい」と元気な御出迎えの声が聞こえてくる。初めて訪れた店は奥行きのある構造になっているようでカウンターは満席。店員さんに「奥の座敷へどうぞ」と案内された。
常連客が多いようで店主らしき人と親しげに談笑する声が店内を活気づけている。
「生ビールでいいかァ?」
「はい!」
「生二つと焼き鳥おすすめ適当に持ってきてくれ」
慣れた感じで注文する不死川さんに笑顔で応対する店員さん。去り際にチラリと此方に目線を向けてにっこり笑ったこの店員さんの目には私達ってどんな関係に見えているのだろう。同僚、友人、或いは恋人か…なんて、取り留めのない考えを頭の中で巡らせる。
「苦手なもんがあれば俺が食う。好きなだけ食えよ」
「ありがとうございます」
「勝手に頼んじまったからなァ」
「アレルギーも好き嫌いも無いので大丈夫です」
「なら、遠慮なく食え」
「はい!」
元気よく頷くと彼は表情を緩める。
ほんの些細な事でも一つ知れば心浮き立ち何時の間にか魅了されていた。
薄ぼんやりした気持ちは、はっきりと輪郭をあらわす。
あ、これは恋なんだ。
気付いた瞬間、心は燃え滾り胸が大きく高鳴った。
「名前、どうした?」
「あっ、いえ。何でもないです」
「腹は満たされたかァ?」
「はい、とっても美味しかったです」
「そいつは何よりだ」
不死川さんは、お酒が入ると表情が柔らかくなり口数もぐんと増えて、剣士に憧れて剣道を始めた事、興味を抱いた歴史の縁のある場所へ足を運んでいた事を話してくれた。
「そして不死川さんは教師になったんですね」
「あァ。物事の上っ面しか知らねェままは性に合わねェって探究心からだけどなァ」
「不死川さんの教え子が羨ましいです」
「名前が生徒なら毎日扱いてるかもなァ」
「満点取るまで帰してもらえないとか」
「違いねェ」
顔を見合わせ笑えば、募る想いが胸いっぱいに広がっていく。
一度気付いた自身の気持ちは加速するばかり。
「そろそろ帰るかァ」
「あ、そうですね」
立ち上がり伝票を手に取れば不死川さんに奪われてしまった。今日これ二度目じゃないか。
「誘ったのは俺だ」
「私、沢山食べましたし…」
「次に来た時は払ってもらう。それでいいかァ?」
「はい!」
また次がある。その言葉が聞けただけで舞い上がる程に幸せだった。
だから、気付けなかったんだ。
「不死川くん?」
「…胡蝶かァ」
不死川さんに、恋人や想いを寄せた相手がいる可能性があると言う事に。
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