お花見をした日以降、不死川さんの事を思い浮かべる時が増えた気がする。
マイナスからのスタートだった彼の印象も、今ではもっと知りたいと思う欲に駆られる程プラスへと変化を遂げた。
言葉は素っ気無いし顔もちょっぴり強面だけど、人よりも表現方法が不器用なだけだと知った。
不死川さんと接して彼を知れば知る程、好感度の数値は上昇していく。
仕事終わりの帰る道すがらコンビニに立ち寄りサラダを手に取れば、背後から伸びてきた何者かの手によって奪われる。
「夕飯、これだけかァ?」
心地良い低音の声が耳に届けばその正体が不死川さんだと気付いて、ドクンと心臓が飛び跳ねる。急激に熱くなっていく顔。見られたくないので屈んだままの状態で挨拶を口にした。
「こっ、こんばんは」
「おー、ちゃんと飯食ってんのかァ?」
「一人だと作る気力も無くて、何でもいいかなって」
へらっと笑って陳列されたサラダに、もう一度手を伸ばせば彼の手によって阻止された。
「これ、買うんだろ」
「え、そうですけど…不死川さんも食べたいのかなって」
「俺は自炊してっから、いらねェよ」
そう言い残してさっさとレジへ向かっていった。
どうやらまとめて購入してくれたようだ。
「あの、お金…」
「花見ん時の場所代だァ」
「でも、」
あの日、購入した以上の代金ももらったし何よりお金じゃ買えない素敵な時間をもらっている。
私だって手に職をつけて働いている社会人。そりゃあ裕福では無いけれども、甘えてばかりは気が引けるってものだ。
「…晩酌」
「うん?」
「付き合ってくれや」
指で示した先には暗闇を仄かに照らす赤提灯。
確かあそこは、ずっと気になっていた焼き鳥屋だ。
「焼き鳥ですね!」
「食い付いたなァ。名前、好きだったろ?」
チラリ彼の横顔を見上げれば喉を鳴らして笑う姿が目に映る。好物の焼き鳥に即食い付いてしまった女子力の無さに、ちょっぴり恥ずかくなる。
それでも私の好きな物を覚えていてくれた喜びでチャラって事にしておこう。
「あのお店、気になっていたんです」
「一人じゃ入り辛ェだろ。美味いぜ、ここの焼き鳥」
「行きましょう、食べましょう」
風に乗って漂う香ばしい香りも相俟って胃袋は既に焼き鳥を食べる準備が整っている。
浮き足立っている私は近付いてくる車にも気付か無かった。
「危ねェぞ」
「あっ」
不死川さんは片腕で私を引き寄せると庇うようにして守ってくれた。
逞しい腕をじっと見つめて御礼を告げると「少し落ち着け」そう呆れた声で言われる。
そそっかしい女だと思われただろうか。もっと周囲に気を配ればよかったなぁ。
心の中で一人反省会をしていると指先に触れた人肌にビクリと反応する。
「これなら安全だろ」
「はっ、はい」
少しだけ冷たくなった私の手は大きくゴツゴツと骨張った手にギュッと包み込まれる。
その掌から伝わる温もりが、心に熱をもたらした。
← 目次