不機嫌な不死川さんを上手く宥めてくれたのは一足先にソファーで寛いでいた煉獄さんだった。
彼が間に入ってくれなかったら今頃はまだお説教されていただろう。恩人に御礼を告げながら缶ビールを手渡すと温和な笑みを見せ、ああいう時は好物を見せたらいいんだと教えてくれた。
その好物が、おはぎだとは予想だにしなかったけど。
「名前、準備はいいか?」
「おっけーです」
「よし、そんじゃ派手に始めるか!」
大人四人がベランダに並び桜に向かって乾杯すると宴が始まった。
「見事な桜だな!」
「煉獄、食いモン腹に入れねぇと直ぐ酔い回っちまうぞ」
「うむ、そうだな!」
宇髄さんが甲斐甲斐しく世話を焼いている姿がまるで母親のように見えて心が和むなぁと眺めていれば、横からの視線を感じて顔を向けてみる。
「…楽しいかァ?」
「はい、とっても楽しいです」
問いかけに即答すれば、とんだ変わり者だと呆れ気味に告げられる。
「幼少期に祖父母と姉と四人でお花見をした時の事、思い出します。今はもう祖父母も亡くなり姉も遠くへ嫁いでしまったので一人ですけど」
だから、こうして賑やかなお花見が再び出来るなんて思ってもみなかった。
風に吹かれて舞い散る花弁を見つめながら呟く。
「…俺も似たようなモンだァ」
「不死川さんも?」
「あァ」
隣に佇む不死川さんに視線を向ければ、彼もまた風に乗って揺らめく花弁を見守っていた。
昔を懐かしんでいるのか、とても穏やかな面持ちで花弁を愛でるような目で見つめている横顔にトクンと一つ胸の奥底で何かが跳ねる音がした。
「おいテメェ等、花見しに来た割には全然外見てねェなァ」
「桜は派手に酒呑む口実にしか過ぎねぇよ」
「花より団子!牛飲馬食だな!…うまい!」
今日中には食べ切らないだろうと思いながらも購入してきた食べ物は随分と少なくなっている。
煉獄さんの食べっぷりに感嘆していると不意に声を掛けられた。
「名前、早く食わねェと無くなっちまうぞ」
「そっ…そうですね。食べましょうか」
不死川さんの口から名を呼ばれて動揺し少し声が裏返ってしまった。宇髄さんに呼ばれた時とは違う何かこう…ああっ、上手い表現が思い浮かばなくて、もどかしい。
不可解な気持ちを抱えたまま焼き鳥に手を伸ばし窓際で食べ始めると風に運ばれて花弁が部屋まで迷い込んできた。
そろそろ窓を閉めた方が良さそうだと立ち上がり、その前にもう一度桜を見ようとベランダに一歩足を踏み出した瞬間、一際大きな風が吹いた。
咄嗟に身構えた私を心配したのか不死川さんも立ち上がり「大丈夫か」と声を掛けてくれる。
「はい、…っ!不死川さん、あれ、見て!」
「…桜吹雪だなァ」
雪のように舞う花弁は光を受けて神秘的な場景を見せてくれた。
「初めて見ました。本当に吹雪いているみたいですねぇ…」
「あァ。存外、花見も悪くねェ」
「私…今日、目にしたもの全てを絶対に忘れません」
目を細めて柔らかな微笑みを浮かべている、その表情があまりにも綺麗だったから。
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