アパートに越してから数日が経ち、ほんの少しだけど此処での生活にも慣れ始めてきた。
ベランダの向かいにある公園の木々も、ちらほらと蕾をつけ彩る支度を始めているようだ。
卒業式シーズンを迎え仕事も繁忙期に突入。
日が昇る前にアパートを出て通常より気持ち早く帰宅するという自由な時間を犠牲にする期間は半月続く。
本来は火曜日が休日なのだが、この時ばかりは休みを返上して仕事をする。
そんな過酷な労働の日々を終えた頃、奇跡的にも連休が舞い込んできた。そう、仕事関係の予定が全くない正真正銘の休日だ。
この連休は思いっきり寝るんだ!と昨夜は意気込んでいたけれど、朝は日常と変わらない時間に起きてしまうし二度寝しようとベッドに寝転がっても目が冴えて眠れそうにない。
仕方ないから空気を入れ替えようとリビングのカーテンを開けると公園の桜は見事に咲き誇り太陽の光を浴びて鮮やかに景色を彩っていた。
「凄いな、満開だ」
こんなにも特等席で桜が見られるなんて…。
これはもうお花見するしかない。
そうと決まれば買い出しだ。お酒とおつまみ買いに行こう。
駅に向かう途中にある割と大きめなスーパーに行くと目に付く物を次々とカゴに入れていく。会計の時こんなに買ったっけ、と吃驚する程の量になっていたけどね。
両手いっぱいの荷物を持って歩いているとアパートの前で先日の男性とバッタリ出会した。
「姉さんじゃねぇか!」
「こんにちは」
「おう!また派手に買い込んで宴でもやんのか?」
「あー、まあ、そんな所ですね」
「楽しそうでいいじゃねぇか!」
キラキラと効果音が聞こえそうな程に目を輝かせて此方を見つめる眼差しを目の当たりにしたら、まさか一人でお花見しますとは言いづらくなってしまった。
「重そうだな。手伝うぜ」
「そんな、申し訳ないです」
「なぁに、そのド派手な宴にちょいとばかり混ぜてくれりゃあ、それでチャラだ」
面倒くさがりな性格が裏目に出てしまったようだ。
ああ、これ説明しないと完全に誤解しちゃってるわ。人が沢山集まると期待させちゃってるんだわ。
「あの…」
「どうした?」
「宴、ではなくて部屋で一人お花見をしようかと」
「なるほどなぁ。…よし、俺に任せろ!」
そう言うなり片方の手で荷物を持ってポケットからスマホを出すと凄まじい速度で画面を指先でタップしている。
その器用さに、歩きスマホは危ないと注意する事も忘れ魅入ってしまった。
「今年も桜の季節が到来か。派手に咲き乱れてんだろうなぁ」
「満開でしたよ」
「そりゃあ楽しみだ」
部屋の前に到着し鞄からキーケースを出して鍵を差し込み回せば、唐突に背後から手を掴まれた。
「え、な、何するのっ」
「指先の切り傷と爪に染色。ひょっとして美容師か?」
どこぞの名探偵かと思う程の推察力に、ただただ驚くばかりだった。
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