マイナスから始まる恋もある | ナノ



初対面の印象は5秒で決まる、と何かの記事で読んだ記憶がある。
昨日の隣人は、あんな騒ぎを起こしておいて謝罪もない名前も言わないお菓子を渡したのに御礼もない…と、3つの称号を見事なまでに獲得し個人的に第一印象が過去一で最悪だった。

別に隣同士だから仲良くしたい訳じゃないけれど、顔を合わせたら挨拶するのは最低限のマナーだと思ってる。
勿論、自分の思考を押し売りするつもりは無いし、例え押し付けられたとしても従うつもりは毛頭無い。
価値観の違いは妥協してもストレスを溜めるだけだ。

そんな事を思い巡らせながら家路を急ぐ。
早く帰って趣味でもあるゲームを楽しみたいのだ。
数日振りにモンスターを狩れるとウキウキしながらアパートの階段を昇ると部屋の前に怪しい人影が見えた。
踏み出した足を引っ込めて急いで壁に隠れると、様子を窺うべく顔だけ覗かせる。
遠目から見ても、かなり背丈のある人が缶ビールを片手にドアに寄りかかっていた。

隣人の知り合い?
だとすれば、うちの部屋の前にいるのは何故?
次々と浮かぶ疑問に答えなんて浮かんでこない。


「警察に連絡した方がいいかな」


小さく呟いた声は聞こえるはずがないと思った。
息を吐く位の小声だったのに…瞬きをした次の瞬間には、背の大きな怪しい人は目前に佇んでいたのだ。その人間離れした素早さに恐怖を覚える。


「ちょっと待て待て。俺は怪しいモンじゃねぇよ」


怪しい人程、自分の事をそう言うよね。
キラキラした頭の装飾も何かの模様を描いた顔も個性が溢れ過ぎてて怪しさに拍車をかけていると言うのに。
お決まりのセリフを聞いて思わず本音がこぼれた。


「どこからどう見ても不審者だけど」

「派手にズバッと言うねぇ」

「変な事したら大声、出しますよ」

「何もしやしねぇっての」

「…私の部屋の前でビール飲んでたでしょ」


扉の前にちょこんと置かれている缶ビールを指しながら少しだけ強気な言葉を口にすれば、男性は意外にもあっさりと謝罪の言葉をくれる。


「不死川の部屋と派手に勘違いしてたぜ。怖がらせちまって悪かったなぁ」

「…不死川さん?」


隣人の名前は不死川さんって言うのか。
此方から尋ねた訳じゃないけど、いとも簡単に個人情報を第三者から教わったわ。


「おい、宇隨。此処で何してやがる」


突然背後から低い声がして、ゆっくりと振り返ってみれば、あからさまに不機嫌な面持ちをした隣人が腕を組んで立っていた。
昨日も思ったんだけど、何で胸元をそんなに開けているのだろう。まさか、胸筋がチャームポイントだったりするのかな。


「よぉ、不死川。今日泊めてくれって言っといただろ」

「知らねェなァ」

「今言ったんだから問題ねぇな。早く部屋に入れてくれよ」


私の存在など気にもとめずに二人は言い合いをしながら部屋の前まで行きドアを開けると、背の高い男性は思い出したかのように此方を向いて手を振った。


「派手な姉さん、ありがとな!」


そして、隣人さんは目が合うと頭を下げてドアを閉めた。


「…なんだ、挨拶、出来るんじゃない」


ほんの少し…本当に、ちょっぴりだけど。
隣人の好感度が上がった。


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