マイナスから始まる恋もある | ナノ



美容師になって幾度目かの大晦日。今年はそこまで予約もなく定時で店を閉める事が出来た。
後数時間で今年も終わる。
仕事納めの日は忘年会も兼ねて皆で飲んで日付を跨いでから帰宅がお決まりのパターンだった。


「では、皆さん良いお年を!」


身支度を整えて、そそくさと店を後にした。
私には、急いで家に帰りたい理由がある。
実弥さんが年越し蕎麦を作って待ってくれているのだ。


「ただいま!」

「あァ、おかえり。風呂沸かしてあるから温まってこい」

「はーい」


少し前までは暗い部屋の明かりをつけてたしお風呂が沸くまで洗濯機を回して部屋のゴミを纏めたりと、やらなきゃならない事が山積みだった。
それが今では家に帰れば実弥さんが居て「おかえり」と出迎えてくれて直ぐにお風呂に入れるし上がった後は夕飯も用意されている。
一緒に暮らし始めてからまだひと月程度だけれど私よりも几帳面で料理上手な彼のお陰で至れり尽くせりの幸せな日々を送っている。


「実弥さん」

「どうしたァ?」

「いつもありがとう」

「それ毎日聞いてる気がすんなァ」

「感謝は言葉にしたいからさ」


上着と鞄を部屋に置いて浴室に向かう。


「名前」

「なぁ…んっ!」


声を掛けられて振り向くと不意に唇を奪われた。
いつもより少し長めの口付けを終えるともう一度触れるだけのキスをしてキッチンへと戻って行く。
同棲し始めてからのルーティーンになっているが、いつまで経っても慣れないなぁ。
唇を指先でなぞる姿を鏡越しに見つめながらニヤけてしまう。
さて、早くお風呂に入ろう。

割と長めのバスタイムを終えて髪を乾かしリビングへと向かえばタイミング良く食事の用意がされていた。


「わぁ、天ぷらまである」

「名前の姉ちゃんから送られてきた海老を使わせてもらった」

「ありがとう!美味しそう」


いただきますと手を合わせ同時に食べ始める。
一人暮らしをしていた時の食生活があまりにも酷くて実弥さんに心配されていたけれど一緒に生活をし始めて二人で食べるようになってから毎日夕飯が待ち遠しくなった。

同棲をして彼の新たな一面を知っていく度、心が温かくなる。
この先もずっと二人で歳を重ねていけたらいいな。


「来年も再来年も、ずっと俺が蕎麦作ってくからなァ」

「うん!嬉しいな」

「食い終わったら飲むか」

「いいねぇ」


思い返せば今年は激動の一年だった。
姉の結婚、引っ越し、お花見に実弥さんの入院。そしてお付き合いが始まって同棲。良くも悪くも最高の一年だった。
出逢った時は、まさか付き合うなんて全く予想もしてなかった。第一印象が悪過ぎたもんね、懐かしいなぁ。

遠いようで近い将来、実弥さんの傍らには私が居て二人の間に生まれた子供もいて…なんて幸せを思い描いてみる。


「名前、そろそろ日付け変わんぞ」

「もうそんな時間!?」

「今年は色々あったなァ」

「うん、本当にね」

「…名前と出逢えて、最高の年だった」

「私も同じ事、考えてた」

「爺になっても、名前と手ェ取り合って過ごしていきてェなァ」

「うん、ずっと一緒にね」


顔を見合わせ微笑んで、どちらからともなく唇を重ねる。


「あ、日付け変わった」

「だなァ」

「実弥さん、あけましておめでとうございます」

「今年も、宜しく頼むわ」

「此方こそ、宜しくお願いします」


彼の方を向いて正座をし畏まって挨拶をすれば実弥さんは口元をゆるませて私の名前を呼ぶ。


「名前」

「うん?」

「今年も花見、楽しみだなァ」

「あっ、そうだね!また桜吹雪、拝めるかしら」

「あァ、きっと見られんだろうよ」


腕を引かれ彼の胸に凭れ掛かると逞しい腕に優しく包まれる。見上げれば愛しい彼から啄むような口付けが降り注ぐ。

今年も実弥さんに愛されて甘やかされる幸多き年になるような、そんな気がした。



- 謹賀新年 -



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