自分には、こんなにも体力があったのかと驚く程無我夢中に走った。足はガクガクしてるし肺は痛いし心臓は破裂しそうな程に苦しくて鼓動を刻む音が鼓膜を支配している。
それでも、彼に逢えるのなら。
どんな苦痛にも、耐えてみせる。
「あ、の…。お見舞い、不死川さ、」
「大丈夫ですか?」
「は…いっ」
呼吸が乱れ思うように声が出せないでいた。
看護師の方が慌てて駆け寄って背中をさすってくれる。…病気じゃないのに迷惑を掛けてしまい申し訳ない。
「名前?」
私の名を呼ぶその声は、今一番逢いたかった人のもの。
俯いていた顔を上げれば驚愕した表情の彼と瞳がぶつかった。
「不死川さん!」
叫ぶと同時に彼目掛けて走り出せば、彼もまた此方に向かって走ってくる。
「良かっ、た」
「何で此処に…」
「入院し…てる、って聞いて」
渇ききった口の中で言葉が詰まってしまう。
元気そうで本当に良かった。
「一旦、落ち着け」
不死川さんに促されて近くの椅子に腰をかけ息を整える。買ってきてくれた水で喉を潤し深呼吸をした。
その様子をじっと見守る彼の視線に気付けば気恥しさが込み上げてくる。
不死川さんの安否を心配し来た筈なのに、いつの間にか立場が入れ替わっているじゃないか。
「お水、ありがとうございます」
「あァ、少しは落ち着いたか?」
「はい」
隣に座る彼の顔をまともに見る事が出来なくて両手で持ったペットボトルを見つめる。
勢いで此処まで来たものの何から話そうとか全く考えが纏まって無かった。
沈黙は気不味いから何か言わなきゃ。
「あ、あの」
「俺を避けてたのか?」
「…へ?」
「ずっと留守にしてたろ」
そうだ、先ずは誤解を解かないと。
「急遽、代理の出張が決まって今日帰ってきたんです」
「出張なんて、あんのかァ」
「私の勤めている店は撮影の同行も請負ってるので」
そう説明すれば彼の表情が和らいだ。
もしかして、ずっと気にしていたのだろうか。そうだったならとても悪い事したな。
「あの日、黙って居なくなっただろ」
「それは私が勝手に誤解していて」
「誤解?」
「えっと、その…胡蝶さんと」
言い淀む私を見て察したのか即座に反応する。
「あいつは姉貴みてェなもんだ」
「胡蝶さんもそう言ってました」
「会ったのか?」
「此処に来る前に話を聞きました」
「余計な真似しやがって」
そう呟いて小さく舌打ちする彼に視線を向ける。
「もう、大丈夫なんですか?」
「あァ、帰るところだった」
「そうでしたか」
「世話かけたなァ」
優しく笑んで言うものだから一気に熱を帯びてきて思いっきり顔を背けてしまった。
「名前」
「…はい」
「こっち、見ろ」
「今は無理、です」
「ほら、向けって」
彼の両手が私の頬を包み込む。指先が冷たくて気持ちいいと感じる位、私の顔は赤くなっているのだろう。
「ずっと俺の傍にいてくれ」
「…不死川さん」
「名前、お前を失いたくねェんだ」
その声、その瞳、その表情。
あぁ、どこまでも愛おしい。
彼の手に自分の手をそっと重ねて。
「好きです」
「俺も、名前が好きだ」
初対面の彼の印象は最悪だった。
少しずつ内面を知り触れていくうちに何時の頃からか心は彼で埋め尽くされていた。
マイナスからの始まりだったけれど
この出逢いは、きっと運命だったんだ。
───────
想いが実って数日後、快気祝いだと彼の同僚が家に押し掛けてきた。
不機嫌な態度全開の彼を何とか宥めて皆と乾杯する。
「結局、何で入院したの?」
「大した事じゃねェ」
聞いても一向に教えてくれない彼の代わりに宇髄さんが、こっそりと耳打ちしてくれる。
「栄養失調だとよ」
「…えっ」
「名前に嫌われてんじゃねぇかって、ろくに飯も食って無かったからなぁ」
「おいこらテメェ!バラしてんじゃねェ、ぶっ飛ばすぞ!」
顔を赤く染めて怒鳴る彼に「私のせいで、ごめんね」と言えば咳払いを一つしてビールを煽る。
照れ屋で繊細な彼もまた、愛おしい。
- End -
← 目次