焼き鳥屋での出来事から十日経った。
急遽舞い込んだ仕事の都合で家を留守にしていた為、あの日以降不死川さんとは会っていない。
仕事の間は集中しているので余計な事を考える暇なんてないのだけれど一瞬でも気を抜くと二人の仲睦まじい姿が頭を過ぎる。
何時の間にか私の心は、こんなにも不死川さんで埋め尽くされていたんだ。
二人は付き合っているのか、恋人じゃなかったとしても互いに想い合っているのだろうか。
もしそうだとしたら私が入り込む余地なんてないじゃないの。
気付いた気持ちは蕾が芽吹く前に摘まれて終わろうとしている。
「お疲れ様でした」
長かった出張を終え一度店に戻る。今回のような撮影に同行する仕事は担当者が請負うものだ。新米が自身を売り込むチャンスだから行ってこいと言われたら断れる筈もない。
「名前ちゃん、お客さんよ」
報告だけして帰ろうと思っていたのに…なんて言える筈もなく店内へと出ていく。
「お待たせしました。…えっ?」
何故、胡蝶さんが此処に…。
偶然?ううん、私の名前を指名したって事は不死川さんから何か聞いたのかな。
あれ、でも店の名前も場所も話した覚えはないのだけれど。
「あなたが名前さん?」
「はい、そうです」
「ちょっとお時間頂いても宜しいかしら」
「今日はもう仕事は上がりなので…大丈夫です」
荷物を取りに奥へと戻って店長に挨拶をして店を出る。
まさか胡蝶さんが直接会いに来るとは予想だにしなかった。もしや宣戦布告に…いやいや、初対面の人が私の気持ちを知る筈ないからそれは違うか。
彼女の後に続いて喫茶店に入り、窓際の席に座る。
「名前さん」
「はっ、はい」
「不死川くんはね、私にとって家族のような存在なの」
「…家族、ですか?」
「そう、大切な弟」
不死川さんの口からあまり語られる事のない家族の話。
容易に触れていい話ではないと出来るだけ話題を避けてきたのもあるけれど。
弟と言い切る胡蝶さんから、それ以上の感情は窺えない。
「不死川くんとは家が隣同士だったの。お互いの親も仲が良くてね」
「そうでしたか」
「彼、何でもストレートに発言するから、女性は特に怯えちゃって浮いた話一つ耳にした事はないの。でもね、最近になって楽しそうに女の子の話をするようになってね」
「…えっ」
「そうなの、名前さん。あなたの名前を言う時の不死川くんの声色が、とっても優しいの」
「不死川さんが…」
もしその話が本当だとしたら。
不死川さんと私は同じ想いを…。
「お節介は承知で、姉として。名前さんに会って話してみたくなってお店に伺ったの。突然で本当にごめんなさいね」
「いえ、そんな。…私も、お話出来て良かったです」
「それとね、口止めされていたのだけれど」
含みのある物言いに検討もつかず首を傾げれば、申し訳無さそうに眉を下げて呟いた。
「彼、今入院してるの」
「はっ…えぇっ!?」
「そこの総合病院の五階よ」
「胡蝶さん、ありがとうございます。私、行ってきます!」
コーヒー代をテーブルに置いて荷物を掴み喫茶店を飛び出した。
彼の顔が見たい。
彼の声が聞きたい。
一秒でも早く、彼に会いたい。
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