モモの花に誓いを

麗らかな春の日差しに包まれて過ごす昼下がり。
いつもならば庭で黙々と鍛錬に勤しむ実弥様の姿をお見受けするのに今日に限っては何処を探しても見当たらない。
羽織と隊服は部屋に残されたままだったので急を要する任務でもなさそうだ。


「一体、何方へ行かれたのかしら」


実弥様の元に嫁いだ日から今日でちょうど一年。
穏やかで陽だまりに包まれているような温かい日々は私にとってかけがえのない大切なもの。この心地よい生活を送れているのも全ては実弥様がお傍に居て下さるからである。
目を細め柔らかい笑みを浮かべながら私の名を呼ぶお声、日射しを浴びて眩い光を放つ白銀の髪、鍛え抜かれた逞しい腕。頭の先から爪先まで全部が愛おしい。
実弥様の事を考えるだけで胸がいっぱいになっていく。


「名前」

「実弥様、お帰りなさいませ」


いつの間にか戻られていた実弥様にお声をかけられ即座にその場に座り頭を下げる。


「急で悪ィが出掛ける支度してくれ」

「かしこまりました」

「名前、お前も一緒に来い。少し遠出するからなァ」

「はい、承知致しました」


実弥様をお待たせしてはならないと急いで部屋に戻り身支度を整える。今までも何度か二人で出掛ける事はあったが出先で任務の報せを受け引き返す時が大半だった。柱ともなれば休暇はあってないようなものだと充分理解している。実弥様と夫婦になる前までは私自身も鬼殺隊の隊士だったのだから。


「実弥様、お待たせしてしまい申し訳御座いません」

「構わねェよ。行けるか?」

「はい!」

「名前に見せたいモンがあってなァ」

「まぁ!それは楽しみです」


実弥様は少し後ろを歩く私の方を向くと手を取って自身の腕に絡める。


「いいか、名前。何度も言うが俺らは夫婦だが亭主関白を気取るつもりは更々ねェんだ」

「はい、承知しております」

「…まァ、控え目なのは今に始まった事じゃねェか」


そう呟く実弥様を見上げれば前を見つめ穏やかな表情をしていた。
出会った当初は常に険しいお顔をしてらしたなぁと思い出す。今でこそ柔らかい面持ちが実弥様の日常になっているが寡黙な方故に誤解される事も多い。

行き先もわからぬまま列車に乗り車窓からの景色を眺めていると薄ら見覚えのある風景が目に映る。
もしかしたら実弥様は私の為に探し出してくれたのだろうか。


「名前が前に話してた場所を漸く見つけたんでなァ」

「此処です、この場所です!」

「そうかィ」


幼き日に一度だけ訪れた場所。
桃の花が一面に咲き乱れるこの場所をもう一度行ってみたいと他愛ない会話の中で話しただけなのに。


「覚えていてくださったのですね」

「お前の愛でる桃の花とやらを俺もこの目で見てみたくてなァ」

「実弥様、ありがとうございます」


茜色の夕日に染められて煌びやかに輝く桃の花々は風に揺られながら「待っていたよ」と歓迎してくれる。


「名前の喜ぶ顔を見られんなら、なんて事ねェさ」

「私は幸せ者ですね」


美しい情景に感極まって目を潤ませ微笑めば実弥様はそっと私の肩を抱き寄せる。
もう叶わないと思っていたこの地に最愛の人と来られた事はこれ以上ない幸福。


「お前の幸せは、俺の幸せでもある」

「実弥様」

「これからも俺の傍で支えてくれや」

「勿論で御座います。生涯、実弥様のお傍に居させてくださいませ」


二人の想いを見守っていた桃の花たちは祝福するかのように一斉に花弁を舞い散らせた。

- End -



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