次元を移動しているだけでも充分不可思議な現象だけど異次元に滞在していた時間がこっちの世界では経過していないのは、まるで実弥と過ごしたひとときが無かったものとして扱われているようで酷く切ない。
それよりも深刻なのは、この世界に実弥だけではなく天元様まで訪れた事。
嬉しいか否かと問われたら即答で感無量と答えるけど…って、そうじゃなくて。
これは第三者の手によって仕組まれた罠、若しくは神の気まぐれか。


「うん…なるほど、わからん!」

「諦めたのかァ?」

「私のような凡人に非科学的な事、わかるはずないもん。頭使うとお腹減るし」


過ぎた事で悩む暇はない。最も重要なのは、これから先の事だ。


「昨夜の話だが邸に派手な女が、どこからともなく姿を現したなぁ」

「…派手な女?」

「あぁ、何度も名を呼ばれて薄気味悪かったぜ。追い出そうと近寄ったら服を脱ぎ捨てて抱き着いてきやがった」

「何と!それは羨ま…けしからん!」


二人から向けられる冷ややかな目に耐えきれず大袈裟に咳払いをして、あからさまに顔を背ける。


「突然姿を現したって私と同じ状況だね、実弥」

「その女もこの時代の人間だろうなァ」

「それで天元様は、その女性をどうされたのですか?…もしやその流れで押し倒したり」
「してねぇよ!」

「何だ、つまらぬ」

「不死川…よくこいつを斬らずに手元に置いたな」

「天元様酷い!」


仮に私が天元様の元へ行っていたならば確実に追い出されていた。
もし仮に実弥の邸に着いた人物が私じゃなかったとしても、彼は受け入れたのだろうか。


「この時代の女ってのは、男に飢えてんのか?」

「んな訳ないでしょ!十人十色だよ。現に私は、そんなはしたない真似してないからね。私の信条は、推しは眺めて愛でるものだから自ら手を出したりしないの」

「名前、黙っとけェ」

「はい、すみません」


叱られた仔犬のようにシュンと項垂れていると、ソファーに座っていた天元様が突然立ち上がり私の目の前に腰を下ろした。


「なるほどねぇ」

「…へ?」

「邸に来た女が、お前だったら…受け入れるわ」


大きくて分厚い手が、私の頬に触れた。


「ちょ、ちょっと天元様」

「おいこら宇髄、名前に気安く触れるんじゃねェ」

「別に不死川の女じゃねぇだろ」

「俺とこいつはなァ、肌を触れ合った仲なんだよ」


天元様にドヤ顔で言い放つ実弥が可愛くて胸がキュンとしちゃったけど、それ…私が一方的にちょっぴり触っただけで疾しい事は何一つなかったよね。
反論しようと口を開き掛けた時、凄まじい形相で実弥に睨まれたので喉元まできていた言葉をゴクリと飲み込んだ。


「まぁいい、今は俺らの時代に戻る手立てを探さねぇとな」

とは言え空間を行き来するような扉がある訳でも無い。
何せ瞬きをした僅かな時間でこの世界に戻って来ていたわけで私はその場から少しも動いていないのだから。
あちらの時代に滞在していた期間は約一日。
そしてこの24時間が、此方の世界ではノーカウント。


「…一日経てば戻れるんじゃない?」

「何故そう言い切れる」

「えっ、…何となく?」


こんな不可解な現象に根拠なんてものは無い、あってたまるか。
頭の中で願っていたら叶っちゃいましたとか現実味のない話を誰が信じると言うのだ。


「幾ら悩んだところで、どうなるモンでもねェ。名前、腹減った」

「はいはーい、何か作るね」


天元様は未だぶつぶつ言いながら考えているけれど、こればっかりは私の力でどうにか出来る事じゃない。

だから、せめて、楽しんでもらうんだ。
この世界に来た事がずっと彼らの記憶にいい思い出として残るように。



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