一度、人の温もりに触れてしまうと孤独を恐れる故に心が弱くなる。
傷心、絶望、そして哀傷。
あの喪失感は、もう二度と味わいたくない。


「何て考えちゃうのは暗闇のせいか…。真っ暗だからだね、うん」


夕刻が過ぎて実弥は任務があると出掛けて行った。
誰も居ない、だだっ広い邸に一人きり。
テレビもスマホも無ければ漫画や本といった娯楽の無い世界での一分一秒が途轍もなく長く感じる。

折角願っていた世界に来れたってのに、こんなにも寂しいなんて。
たとえ我儘だといわれようとも向こう側の世界に来てもらった方が良かったな。
それはそれで、すごくすごーく大変だろうけど。右も左もわからない時代で、じっとしてなきゃいけないなら何でも揃って便利な時代で目一杯、実弥をもてなしたかった。

この世界では何一つ役に立てないんだと自分の非力さを痛感し俯いて瞬きをする。
すると暗がりの中に居た筈が部屋には明かりが灯っているではないか。何事かと驚き顔を上げれば見慣れた品々が視界に飛び込んでくる。


「えっ、ん?…あー。えぇぇ!?」


勢いよく立ち上がり室内を見渡す。
うん、見間違えなんかじゃない。此処は住み慣れた自分の部屋だ。
あ、この同人誌を読んでた時に向こうの世界へ飛ばされたんだっけ。でも一体どうやって戻って来たんだろう。
まさか夢だった…いやいや、寝てないのに夢オチはないよ。私は確かに実弥と出会って話して触れたのだから。


「何しやがんだ、テメェ!」


えっ、今の声は…。


「実弥!?」


聞こえた声は幻聴なんかじゃない。
声が響いていた浴室へと急いで向かって扉を開ける。


「名前。この状況、何がどうなってんだァ」

「まさか実弥もこっちに来ていたなんて。えっ、あれ?実弥、誰か踏んでる…!ぎゃああああ!」

「随分と威勢のいい女じゃねぇの」


な、ななな何で天元様が此処に…!
待って待って待って、天元様が男前モード!色気半端じゃないんですけど!
ちょっと一旦落ち着こう、落ち着いて、自分。


「此処は、あんたの邸か?」

「ぐはっ!直視無理っ!」

「名前、説明しろォ」

「実弥怖い、ちょ…ま、おおお落ち着いて!」

「お前が落ち着けや」


取り敢えずリビングで話すからと窮屈な浴室から出るよう促して先頭を歩けば、洗濯機やドライヤーといった家電製品に興味を持ったのか二人して目に付くものの片っ端から名前と用途を訊ねてくる。


「なぁ、この薄い布切れは何に使うんだ?」

「駄目です駄目ですそれ私の下着だから天元様は触らないで!それと説明は後回しでもいいかな、いいよね。早く状況を説明したいんだけど」


下着を奪い取ってポケットにしまうと二人の背中をグイグイ押して漸くリビングへと辿り着いた。


「…おい、これ不死川に似てんなぁ」

「あァ!?俺はこんな腑抜けた面してねェよ」

「いや、それ実弥だよ」


棚に並べられたグッズを見て呆然としている彼等に、この時代が二人の居た世界とは違うって事を上手く説明出来るだろうか。


「おい、女。何故俺様が男と抱き合わにゃならねぇんだ」

「あっ、その冊子は大切にしてるので棚に戻して…」

「胸糞悪ぃモン見ちまったぜ」

「天元様!破らないで下さいっ!」


私のお気に入り達が次々と被害に遭っているけど、無双状態の天元様は最早止められない。


「実弥、見てないで止めてくれると嬉しいんだけど」

「気の済むまでやらせとけェ」

「そんなっ!」


観賞用と保存用を購入しておけば良かったと項垂れた時、ふとスマホの画面が視界に入る。


「…あれ?」


表示されている日付を今一度確かめる。


「ねぇ、実弥」

「何だァ?」

「今現在の日付が実弥達の時代に行った日のままなんだけど、どうなってるのかな」


私が異次元で過ごしている間、この世界の時が止まっている事に気付いた。



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