目を覚ませば現実の世界…なんて事はなく。
きちんと布団に寝かされている辺り、実弥が見るに見兼ねて運んでくれたのだろう。
振舞いや口調は荒々しいのに、こういう優しさを持ち合わせてるとかギャップ萌えなんですけど。
そうだ、昨夜話の最中に寝落ちした事、怒ってるだろうな。


「実弥、どこー?」


布団を畳んで広い邸内を探し回るも主は見当たらない。ひょっとしたら既に出掛けたのだろうか。
いや、それは無いか。何処の誰かも知らない私を一人置いて行くなんて、ないよ、ない。

何時もの日常なら朝起きて会社に行く準備に追われている頃だろうか。突然姿を消した私を捜索したりするんだろうか。
出来れば部屋に置きっぱなしの同人誌とか漫画は処分しないで下さい!もう入手困難な代物ばかりだから大切に扱って頂きたいっ!

…いつ戻るかもわからないけど。


「漸く、起きたかァ」

「実弥、おはようございます!」

「…お前なァ」

「昨夜は突然寝てごめんなさい」

「全くだぜ」


手拭いで汗を拭う姿を眺めていると「ジロジロ見んな」と睨まれた。
そう言われても漫画じゃ見られないシーンを見逃す訳にはいかない。いつでも再生出来るように脳内で録画保存しているからね。


「そうだ、いっその事入浴してる所とか…」

「あァ!?」

「つい心の声がっ」


冷ややかな目で見られるも、こんな事でへこたれないんだから。腐女子を舐めてもらっちゃあ困るってもんよ。


「名前、だったなァ」

「あ、はいっ」

「昨夜の続き、話せ」


話せ、と言われても状況を整理出来てないんだけどなぁ。でも話さないと実弥のコメカミに浮かぶ血管がブチ切れそうだし。


「自分の意思で来た訳じゃないんだけど、違う世界…いや、次元か。異次元から来ました」

「…はァ?」

「昨夜言ったように私の暮らしていた世界で実弥達は本の中に出てくる登場人物なの。だからお館様や柱の名前も知ってるし鬼舞辻無惨の存在も知ってるよ」

「それが事実なら結末も知ってるっつー訳か」

「うん、知ってる。でも言わない。話したところで未来の出来事は実際に起きてからじゃないと証明にならないし」


一つ間違えば漫画のストーリーが全く異なる結末にもなりかねないし。
そりゃあ私だって柱のみんなには生きていて欲しいよ。話す事で生存が確定するなら全て伝えるけど。下手をすれば全員居なくなる可能性もある。
人の命を賭けた博打なんて…絶対に御免だ。


「無理に聞く気はねェ」


持っていた手拭いを私の頭に被せ「泣きそうな面すんなァ」と言いながら撫で回す。
実弥の不器用な優しさに胸がキュンとする。どんな表情をしてるのか気になるのに頭上にある掌の力が思いの外強くて上を向けない。もどかしい。


「実弥、顔…見えない」

「お前、変わり者だなァ」

「そう?」

「昨夜だって刃向けられたままだってのに眠っちまうんだからよォ」


溜め息を吐いて「気が削がれたぜ」と呟くと部屋の中に入って行った。
信用してもらえた訳じゃないだろうけど害はないと判断されたのかな。

今は、それだけで充分だ。



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