人は猛烈に妄想をすると幻覚を見るようになるようで。


「誰だテメェ!何処から侵入しやがったァ」

「ひっ!ごごっ、ごめんなさーい!」

「逃がすかァ!」


呆気なく捕まり首筋には、ひんやりとした感覚。
あ、これは刀が皮膚に当たってるからか。

え、待って待って待って待って。
幻覚にしてはリアルなんですけど…!


- いずれ、愛に変わるから -



仕事を終え帰宅して入浴と夕飯を済ませる。
さぁ、ここからが至福の時間。
お気に入りの同人誌を読んだりネットで情報を入手し、欲しい物があれば即購入。仕事を頑張ってる自分へのご褒美ってやつだね。
こんなにも愛して止まない漫画に出会えた奇跡!この時代に産んでくれた親に感謝だ。
第三者として見ているだけで幸せだった。実際に関わりを持つ事なんて有り得ないのだから。

それでも出来る事なら遠くからでもいい。
この目で、生で、実物を拝みたいと思う。

私の推しは天元様だけど、善逸と天元様の組み合わせが一番好きだなぁ。
…いや、実弥と義勇も捨て難い。
あぁ、死んだら転生出来るシステムとかないのかしら。

いつものように、そんな事を思い巡らせていたのが数分前。

そして、今。

立派な造りの家…と言うか、城と言うか。お屋敷みたいな場所で、血走った鋭い眼光を向けた男性に刀を首元に突きつけられている。
よく見れば腕に幾つもの傷跡、顔にも傷跡がある目前の男性。

もしかして、


「…不死川、実弥!?」

「あァ!?」

「何で此処にいるの!?」

「こっちが聞いてんだろうが!」

「此処は何処ですか!私は誰なんですか!」

「知るかァ!」

「あ、わかった。これは夢なんだ。きっと一度はこの目で見てみたいなんて願っていたもんだから夢に出てきたんだ」

「おい、さっきから何を言ってやがる」

「でも私が望んだ世界とは少し違うんだなぁ。私は天元様推しだし自分がヒロインとかの器じゃないから出来れば…」

「少し黙れェ」


拘束された腕に力を入れられてミシミシと骨が軋む音がした。あまりの痛さに声も出せず大きく頷くと力が和らいでいった。


「俺の質問に答えろ。先ずお前の名前だァ」

「苗字名前です」

「何処から邸に入った」

「…私、自宅に居たはずなのに」

「俺の名前だけじゃねェ。宇髄の名まで知ってるようだが何者だァ?」

「決して怪しい者では…」


再び強く握られて声にならない悲鳴をあげる。
実弥、容赦ないなぁ。このままじゃ私、骨折られるだけじゃ済まないかも…!


「私にも何が何だかわからないのに信じて欲しいなんて言えないよ。だって君たち、漫画のキャラクターなんだもの」

「まんが?きゃら…聞き慣れねェ言葉だなァ」

「そっか、そうだよね。何て説明すればいいかな。…あぁ、書物に出てくる登場人物か」


何言ってんのこいつ、って顔してるね。わかるよ、うん。その反応は想定内だったし。
この調子で事実を話したとしても受け入れてもらえるとは思えないけど。


「実弥」

「おい、敬称忘れんなァ」

「あ…何か。すっごい、ねむ…」


突然強烈な眠気に襲われて、こんな危機的状況にも関わらず夢の世界へと誘われていった。



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