不本意。

下弦の鬼を討伐し終えた実弥は無言のまま視覚を奪われた私を抱えると勢いよく走り出す。ピリピリと肌を突き刺すような殺気にも似た空気を纏う彼に声を掛けるのも憚られたので目を閉じ黙って従う事にした。


「名前ちゃん!?」

「…何だ、そのざまは。啖呵を切っていた癖にしくじったのか?」

「外傷はねェ。血鬼術で目をやられてるだけだ」

「あれ程忠告してやったのに結局は足でまといになったな、苗字。ただ大人しく捕まってるだけの役目も果たせないのか」


伊黒さんに返す言葉が見つからず掌をギュッと握りしめ自身の不甲斐なさを悔やんだ。
直ぐに助けてもらえると高を括っていた結果、相手の術によって視覚を失った。鬼を倒しても視力が回復しないという事は最悪の場合、二度と何も見えないだろう。今になってとんでもない失態をしてしまったと痛感する。


「名前の件は俺にも責任がある。こいつを責めんじゃねェ」

「それよりも早く名前ちゃんの目を診てもらわないと!」

「あァ、わかってる」

「…不死川。お前とは馬が合うと思っていたが、こればかりは反りが合わないようだな」

「奇遇だなァ、俺もそう思ってたところだ」


実弥は私をしっかりと抱え直すと走り出した。
浅はかな言動で自らを危険に晒した私を救ったばかりか仲間に罵られた場面でも庇ってくれた。

彼は、どんな表情をしていたのだろう。

当たり前のように見えていた世界を失うかも知れないという恐怖が今になって襲いかかる。
このまま視力が戻らなければ、もう二度と実弥の目を、顔を、姿を見られなくなるのだ。それは未だ想いを断ち切れずにいる私には何よりも酷な事。
不安に駆られ実弥にしがみつくと私を抱える腕に力がこもった。


「心配すんなァ。俺が何とかしてやるから」


耳元で囁かれた声色があまりに優しくて胸の奥が熱くなり沸々と湧き上がるのを感じた。
実弥の力になりたいと思っていても助けられ守られているのはいつだって私の方だ。


「ありがとう」


小さな声で呟いた言葉に返事はないけれど代わりに穏やかな音色が耳に響く。
彼の傍を離れてからまだそんなに日は経っていないのに実弥に触れて感じるもの全てが懐かしくて愛おしいと思ってしまう。

離れて気付いた想いの深さ。
自分が思っていた以上に私は実弥に恋焦がれている。

叶わないとわかっていても募る想い。
想いを伝えられないもどかしさ。
交錯する幾つもの思い。

それでも、実弥には幸せであって欲しい。
その思いだけは揺るがない。
彼が笑顔でいてくれるなら、それが私の幸せでもあるから。


「もしこのまま…何も見えないままだったなら引退しないと」

「んな事させねェよ」

「私は悲鳴嶼さんのように強くも賢くもなければ鋭敏さもないから」


こんな状況に陥ったのは自業自得だけれど闇黒の世界を受け入れるだけの度量が今の私には、ない。


「随分と弱気だなァ、らしくもねェ。まだ見えなくなると決まった訳じゃねェだろ」

「…うん」

「もし仮にそうなったなら、俺が名前の目になってやる。だからお前は何も考えなくていい」


あぁ、これは同情だ。
好意を抱く相手に情けをかけられるなんて。

このまま風になって何処か知らない土地へ行ってしまえたならば、この哀しみからも解放されるのだろうか。



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