間一髪。

ここひと月で立て続けに起きている無差別人攫い事件。
この件に鬼が関与しているらしいとの報せを受けて現地へと向かえば同じく伝え聞いて先に駆けつけたであろう蜜璃さんが笑顔で近づいてきた。


「名前ちゃん!」

「蜜璃さん、お疲れ様です」

「あの集落で鬼を囲っているみたい」

「人が、鬼を?」

「毎夜貢ぎ物として攫ってきた人間を捧げているってこの辺りでは有名らしいの」


そんな馬鹿げた話があるのだろうか。
もし万が一にもその話が真実であるならば一刻も早く鬼を滅殺する必要がある。鬼が人を喰らう事を黙認しているだけでなく加担している人々の目を覚まさなければならない。


「今宵の生け贄にでも、なりましょうかねぇ」

「えっ、名前ちゃん。それは駄目よ!」

「これ以上被害出したくないし、私が食べられる前に蜜璃さんが来てくれるんでしょ?」


誰かが危険に晒されるなら自ら潜入して食い止める。
なかなか首を縦に振ってくれない蜜璃さんをどう説得しようか頭を悩ませていると人が近づいてくる気配を感じた。


「甘露寺、遅れてすまない。苗字、交代だ」

「えっ、伊黒さん?」

「十二鬼月の可能性が浮上した」

「ならば私も、」
「必要ない」


伊黒さんは言葉を遮ったばかりか、ばっさりと切り捨てた。
いくら私が新米の柱とは言えそんな邪険に扱う事ないじゃないか。
口を尖らせ伊黒さんを見れば辛辣な言葉が返ってくる。


「お前がいると連携がとりづらい。足手まといでしかない」

「随分な物言いですね。私だって役立ってみせますよ」

「お前に何が出来ると言うんだ」

「攫われて貢ぎ物になりますよ」

「名前ちゃん!」

「…よし、いいだろう」


そうと決まれば一度藤の花の家紋の家に立ち寄り隊服から用意してもらった着物へと着替える。
準備を整え刀を蜜璃さんに手渡して気を落ち着かせる為に深呼吸をした。
「絶対にへまをするなよ」と何度も念を押す伊黒さんと心配そうな面持ちでじっと見つめる蜜璃さんの二人に見守られながらゆっくりと集落に向けて歩き出した。


「…やってやろうじゃないの」


程なくして数人の男性に取り囲まれ手足を拘束されて洞穴のような場所に運ばれた。奥へ進むにつれ次第に禍々しい音が大きくなり頭が割れるように痛む。
この鬼は人間に貢ぎ物をさせておいて日の当たらない場所に隠れていたのか。


「こいつは驚いたぜ。お前、鬼狩りだな」


鬼の反応からして鬼殺隊の存在は知っているようだ。一目見ただけで見抜くなんて、やはり鬼舞辻無惨に近しい鬼なのか。
顔を上げて鬼の方へ目を向ければ片方の瞳には下弦と記されている。


「…十二鬼月か」

「そうと知って怯えないとは、ひょっとして柱って事は無ぇよな?お前、脆そうだしなぁ」

「あら、柱の存在も知ってるなんて意外だったわ」


鬼がピクリと動けば私を運んできた人達は一目散に逃げ出していった。
後は伊黒さんと蜜璃さんの登場を待つだけだ。


「減らず口ばかり叩くお前には最高の恐怖を味わってもらおうか。人は五感のどれか一つでも失うと他の感覚が研ぎ澄まされるんだとよ」


歪む口元に不吉な予感がした。
次の瞬間、煙のようなものが視界いっぱいに広がったと思ったら突然真っ暗闇に包まれる。
あぁ、視覚を奪われたのか。


「どうだ、何も見えない恐怖は」

「穢れた鬼を見ているより遥かに良いわね」

「そうか、ならば闇に飲まれて死ぬんだな」


どんな状況に陥っても臆すことなくあり続ける。


それが私の信念だから。


死を覚悟したその時、暖かい風が頬を撫でた。


「名前、待たせたなァ」

「…遅いよ、実弥」


何故とかどうしてなんて疑問より、駆けつけてくれた人が実弥だった事実が何よりも嬉しかった。



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