恋煩ひ。

言いたい事を吐き出して気が済んだのか天元さんは風の如く去って行った。
結局何の用件で訪れたのか聞けずじまいだったけれど、それよりも悩みの根源である実弥が何故この邸にいるのか。そちらの方が今は重要な問題だ。
昨夜は話も聞かず私の手を振り払い、あまつさえ舌打ちしてさっさと立ち去ったのに。
まさかとは思うが追い討ちをかけにきたのだろうか。


「それで、何の用件でわざわざ此処まで来たの?」


縁側に腰を下ろして実弥に問うも答えは返ってこない。
天元さんが居た時までの刺々しさもないので怒っている訳ではなさそうだ。
此方に背を向けたまま庭に立ち尽くす実弥の背中を暫く眺めていると何かを決意したのか此方を振り返って軽く頭を下げる。


「…悪かった」

「何に対しての謝罪?」

「昨夜の態度だ」

「手を払い除けた事?」

「あァ」

「とても傷ついた」

「傷つけた分、俺を殴れや」

「嫌だよ。私の手が痛いだけでしょ」


こんなにあっさりと謝ってもらえるとは思ってなくて思わず普段通りの対応をしてしまったが元を正せば私にも原因はある。
実弥にだけ謝罪をさせて自分は被害者です、なんて都合よく終わらせるのはあまりに身勝手な話だ。誠意には誠意で応えないと、いつかきっと悔やむ事になる。


「私の方こそ実弥に相談もせず柱になってごめんね」

「過ぎた事だ、気にすんなァ」

「昨日はあんなに怒ってたのに」

「…名前」

「何でしょうか」

「俺が、嫌んなって邸を出たのか?」


今にも消え入りそうな声で問うてくる彼に目を向ければ憂いを帯びた瞳で地面を見つめていた。
そんな顔をさせたくて黙って去った訳ではない。
けれど自分本位な行動で彼を誤解させ苦しませているのは誰でもない、この私だ。


「違う、それは違うよ。私が居なくても大丈夫だと判断して柱の件をお受けしたの」

「お前は階級に興味無ェんだとばかり思ってたぜ」

「二番手位が私には相応だと思ってる。でもね、いつまでも実弥に甘えてる訳にはいかないでしょう。いい機会だから思い切って決断したんだ」


その言葉に嘘はない。私がずっと傍にいれば実弥の想い人に要らぬ誤解を招く可能性だってあるのだから。
好きだからこそ彼には幸せであって欲しいと思う。


「お前がそう決めたんならそれでいい。俺が口を挟む事じゃねェ」

「うん」

「…勝手に死んだら、承知しねェからなァァ」

「実弥こそ」

「ハッ!俺はこの手で鬼舞辻をぶった斬るまで、くたばる訳にゃあいかねェんだ」

「そうだね」

「名前、お前は生き延びろ。一秒でも長く俺より生き続けろよォ」

「…うん、わかった」


手を伸ばせば触れ合える程、近くにいるのに。
どんなに傍にいても彼の瞳に私は映らない。
離れても心は痛くて悲鳴を上げている。
どれだけ離れていても想いは募るばかり。


ああ、これが恋の病というものなのか。



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