天邪鬼。
床に就いても眠気は一向に訪れないまま徒らに時間が過ぎていく。ほんの少しだけでも眠ろうと目を閉じてみても雑念が睡眠を妨害し目は冴えるばかり。
「駄目だ、眠れない」
天井に向けて呟いた声が思いのほか部屋に響いて寂寥感に襲われる。
実らぬ片恋に終止符を打つ為に離れたはずが傍にいた時よりも苦悩を抱える結果になってしまうなんて予想だにしてなかった。
何もせずじっとしていると、しがらみに囚われてしまいそうでどうにも気が滅入ってしまう。
よし、こんな時は身体を動かして気を紛らわそう。
布団を畳んで着替えを済ませ庭先へ足を運ぶと不意に声が掛かった。
「お、名前。精が出るじゃねぇの」
「天元さん」
「うわ、こりゃまた派手に酷ぇ面してんなぁ。一睡もしてねぇのか」
「全く寝つけなくて」
「んなモン、寝酒だ寝酒。そうすりゃあ眠くなんだろ」
「お酒は飲めないの。だから身体を動かせば疲れて眠くなるかなって」
無理して笑ってみせれば天元さんの表情はみるみる険しくなっていく。瞳が交われば心を見透かされるような気がしてわざと視線を合わせずにいると突然両手で顔を掴まれる。
「名前、俺の目ぇ見ろや」
「天元さん、ほっぺた痛い」
「何があったか言ってみろ」
「言いたくない」
「吐き出せば気が楽になって眠れんじゃねぇの?」
真っ直ぐ向けられた眼差しが私を捕らえて離さない。
これ以上誤魔化しは通用しそうにないかと大きく息を吐いた。
「任務に向かった先に実弥がいたの」
「しくじって、不死川に叱責でもされたか?」
「怒られる方がどれだけ良かっただろう」
あの時の状況を振り返っただけで胸の奥底に閉じ込めていた様々な思いが一気に押し寄せてくる。込み上げる涙を必死に堪えようと天を仰げば視界を遮るかのように天元さんが覗き込む。
「名前、何故お前は柱を引き受ける事に同意したんだよ」
「それは前々からお館様にお声を掛けて頂いてて」
「出世の道を断り続けて不死川を支えてる奇特な隊士がいるって専らの評判だったんだぜ」
「私はそんな…褒められるような人間じゃないよ」
「お前とあいつの間に何があんのかなんて野暮な事聞いたりしねぇさ」
瞬きをする事さえ忘れて赤紫の瞳を見つめていると何者かが凄まじい音と共に現れたかと思えば私の身体を後方へと引っ張った。
昔、何処かで聞いた記憶のある荒々しくて複雑な感情が入り混じった音。
「宇髄、テメェ名前に気安く触れてんじゃねェェ!」
「そんなに心配なら手元に置いときゃ良かっただろ。手離したのはお前自身の責任だ。奪われたくなきゃ派手にしっかり名でも刻んでおくんだなぁ」
「…実弥」
「うるせェんだよ。名前、お前も簡単に気ィ許してんじゃねェよ」
「不死川、名前をもっと労わってやれよ」
苛立ちを募らせる実弥に向けて放った天元さんの一言は私の胸の痛みをほんの少し和らげた。
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