空虚感。
柱としての初任務は先に向かった隊士達との合流で複数の鬼の目撃情報があると鎹鴉の柊から報せを受け急いで現地へと向かう。
食事処を出ても一向に解放してくれない天元さんに手を焼いていただけに任務の報せは正直救いだった。
「苗字さん!」
「お待たせ。それで状況は?」
「それが…」
町外れの納屋の前に佇んでいた隊士に問うてみるも目を泳がせて、ごにょごにょと口篭っている。
説明してもらえないなら直接この目で確かめるかと森の中へ進むべく歩みを進めれば奥の方から怒号が響いた。
「この声、まさか…」
普段より荒々しいけれど間違いなく実弥の声だ。
柱合会議の一件もあるし今顔を合わせるのは非常にばつが悪いけれど任務とあってはそうも言っていられない。
小さく息を吐いて声の方へと走り始めれば近くの茂みから奇妙な音がする。
こんな所にも鬼が潜んでいるのか。
刀の柄に手を置いたまま鬼のいる方角へと方向転換すると背後から人が近づいてくる気配を感じた。
聞き慣れた足音は実弥のものだと確信し、それと同時に胸がざわついた。
「名前、邪魔すんじゃねェ」
「実弥こそ、奥は片付いたの?」
「俺は、お前みてェに愚図じゃねェんだよ」
見るからに不機嫌な実弥の腕から滴る血を見て出会った頃の記憶が蘇る。
稀血を餌に鬼を誘き寄せる為、彼の身体は自身で斬った傷跡だらけ。あの時はこんな手段を使わせたくなくて傍にいる決意をしたんだ。
最近は自傷行為をしなくなっていたのに。
「ねぇ、もう傷は増やさない約束だったでしょ?」
「承知した覚えはねェな。俺の身体をどうしようがお前には関係ねェだろォ」
そう言い放つと苛立ちを鬼にぶつけるかのように剣を振るい頸を斬り落とした。
彼を苛立たせている原因は私にある。恐らく…いや十中八九、何の前触れもなく黙って邸を去ったからだ。
「あのね、実弥」
起きた事実は取り消せないけれど蟠りを残したまま逃げていれば溝はどんどん深くなるだけだ。
背を向けて立ち去ろうとする実弥の袖を掴もうと手を伸ばした。
「触んじゃねェよ」
振り払われた手は行き場をなくして宙を彷徨う。
思い切り、拒絶された。
あまりの驚きに固まったまま彼を見つめていれば小さく舌打ちをして風の如く去って行った。
「なんで…」
彼への想いに終止符を打つ為に離れただけなのに、どうしてこんなに胸が痛むのだろう。
一緒に居られない苦しみより伸ばした手を拒まれた事の方が辛く悲しい。
「苗字さん、事後処理を始めても宜しいでしょうか?」
「…うん、お願いね」
頬を伝う涙を拭って幾度か深呼吸をする。
もう昨日までのような関係には戻れなくても、これは自身が決めた結果。
泣いたら駄目、泣くな名前。
振り返らずに前だけ向いて進むんだ。
掌をきつく握って自身の邸を目指し走り出した。
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