始まり。
人の夢と書いて儚いとはよく言ったものだ。
幼少期に思い描いていた未来の自分は大人になった今現在の私と、あまりにもかけ離れていた。それでも今の自分を不幸だとは思わないし歩んできた人生を後悔した事は一度もない。
けれど、時々思う。
違う選択をしていたら今頃は憧れていた未来の自分になっていたのだろうか、と。
「名前、次の任務だ。支度しろォ」
「はいはーい」
私は、叶わぬ恋をしている。
自分の気持ちに気が付いたのは相手の口から想い人の話を聞いた時だった。彼がその人の名をつむぐ時は決まって優しい表情をする。
当初はその顔を見る度、胸は鈍痛に襲われていたけれど今ではその痛みにも慣れて何事もない顔をしてやり過ごせるようになった。
自分以外の誰かを想っていても笑顔でいてくれるならそれでいい。
実弥が幸せなら、それでいいんだ。
そう自分に言い聞かせて、本日も鬼の出現場所へと向かう。
「苗字さん、自分達も向かいます」
「あ、そうなんだ。実弥、この子達も一緒に行くらしいよ」
「あァ!?テメェら、足引っ張ったら承知しねェからなァ」
「ひぃ!」
「ごめんね、実弥は今、糖分不足で機嫌悪いみたいなの」
「名前、余計な事言ってんじゃねェ」
実弥との出会いは最終選別だった。任務で度々顔を合わせるようになり身の上話をする仲になった頃には彼は既に柱という隊士の中で最も高い地位にまで登り詰めていた。
隊士達は皆、失ったものが多過ぎて心は疾うに悲鳴をあげていた。中でも実弥は度重なる惨劇で精神的に極限だった。
会う度に自傷行為で負った傷が増えていく彼を一人にしておけず半ば強引にではあるが傍にいるようになった。
「今宵は満月なのね」
「早いとこ、終わらせんぞォ」
「仰せのままに」
「ハッ!今日はやけに、しおらしいなァ」
彼の元で任務を遂行するのは今日で最後。
この任務が終わったら私は実弥と同じ、
柱になる。
「最後位は、ね」
「何か言ったかァ?」
「なーんでもない」
私が邸を出て行く事も、柱になる事も、実弥はまだ知らない。
話したら、きっと喜んでくれるだろう。
…だからこそ教えたくないのだ。
引き止めて欲しい訳じゃない。
ほんの少しでも寂しいと思ってくれるかも、なんて僅かに期待をしてしまう自分がいて我ながら未練がましいと思う。
いつまでも燻り続けるこの想いにけじめをつけるんだ。
今まで幾度となくお声を掛けて下さったお館様のご好意に甘えて鳴柱として鬼殺隊に貢献していく決意をした。
「さようなら、私の恋心」
次に会う時、あなたは友として笑いかけてくれるかしら。
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