交錯するトリトマ

放課後、担任のさねみんに課題のノートを提出するべく職員室へ立ち寄れば同じクラスの嘴平くんが正座していた。その傍らにはどす黒いオーラを纏ったさねみんが仁王立ちしていてまるで地獄のような絵面である。
声をかけてもいいものか躊躇ったけれど終わるまで待っていたら、いつまでも帰宅出来ない。
ここは言葉を選んで発言しないと巻き込まれる可能性もあるので間違っても「さねみん」と呼ぶ事だけはやめておかないと。


「先生、ノート持ってきたよ」

「あァ、そこに置いとけェ」

「はい」


見るからに不機嫌なさねみんに短く返事をして机の上にノートを置く。チラリと嘴平くんの方に視線を向けると頬は腫れて腕には出来たばかりであろう傷と痣が多数あった。
恐らくさねみんに抵抗して負った傷だろう。一体何をしでかしたんだ、彼は。


「テメェが赤点なんざ取りやがるから追試になったってのに、サボろうとしてんじゃねェよ」

「わっかんねぇんだから、やっても意味ねぇだろ!」

「ならわかるまで、その身に叩き込んでやるよォォ」


嘴平くん、ご愁傷様です。
哀れみの眼差しを向ければ嘴平くんと目が合って私の顔を見るなりムッとした面持ちで声を上げる。


「コイツが教えんなら、試験受けてやってもいいぜ」

「ふぇ!?」


私を指差しながら、とんでもない事を言い放つ嘴平くんに驚いて間が抜けた声が出てしまった。
最悪な展開だ。巻き込んだ張本人を睨み付ければ、したり顔でニタニタと笑っている。
こんなの、とばっちりもいいところだ。


「名前、災難だったなァ」

「私、関係ないのにっ」

「コイツの進級がかかってんだ。引き受けるよなァ?」

「い、嫌だよ。嘴平くんがどうなろうと私には関係ないし」

「おいテメェ!俺様をもっと労われ!」

「その言葉、そっくりそのまま返すわ」


今にも掴みかかってきそうな勢いの嘴平くんと絶対に引かない私。そんな二人を見ていたさねみんは盛大に溜息を吐いて頭をガシガシと掻いていた。


「お前ら、何してんの?」


聞き慣れた声がこの険悪な空気を一掃した。
きっと宇髄先生なら何とかしてくれるはずだと縋るような気持ちで後方を振り返った時だった。


「先生、待ってよぉ」


一人の女子生徒が甘ったるい声を発しながら先生の腕に絡みついた。しかも身体を密着させるように腕に抱きついている。


「おい、やめろって」


時間にすればほんの数秒の出来事だけど、その光景ははっきりと脳裏に焼き付いてしまった。

なんで、こんなに胸が苦しいの?

今まで感じた事のない胸の痛みに襲われて眉を顰める。その様子を見ていたさねみんが私の名を呼び触れようとすれば、グイッと背後に腕を引っ張られる。


「こいつは俺が引き受けるから心配いらねぇよ」

「…そうかィ」

「ちょっと宇髄先生ってばぁ」


先生は女子生徒の呼びかけにも答えず私の腕を掴んだまま職員室を後にし、そのまま保健室に押し込まれた。


「先生?」

「名前が絡むと、どうも余裕がなくなるわ」


そう呟くと額に手を当てて小さく息を吐いた。
常に自信で満ち溢れている先生の意外な一面。普段なら校内ではこんなに接触してこないのに。


「誰にも触れさせたくなかったんだよ」

「…っ!」


あぁ、気付いてしまった。
あの張り裂けるような胸の痛みは、先生の気持ちと同じなんだ。



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