ライラックの芽吹く時
学校内での私に対する接し方は以前と何も変わっていない。けれども家に帰ればそこに教師の顔はなく一人の男性、宇髄天元へと一転する。
私から「おかえり」の言葉を聞くまでずっと後を追い回してくるし、言った後もうがいや手洗い着替えを済ませた後は常に傍にいるのだ。
「先生、暇なの?」
「暇じゃねぇよ」
「私、期末が近いから勉強に集中したいんだけど」
「邪魔はしてねぇだろ」
「ずっと視線を感じるんだよ」
「そりゃあそうだろうなぁ。ずっと見てんだから」
人のベッドで寛ぎながらさも当然のように言う彼に視線を向ければ私を見つめる瞳はとても優しく口元には笑みを浮かべている。
以前の私ならば、どうせ揶揄って楽しんでいるだけだと気にも留めなかっただろう。
しかし先生の想いを知っている今は違う。
「赤点取ったら先生のせいにしてもいいよね」
「名前は今まで平均点以下を取った試しねぇだろ」
「追試に時間を取られるのは勿体ないもの」
「皆、お前みたいな思考の持ち主なら教師も苦労しねぇのになぁ」
「先生はテスト作らなくてもいいの?」
「俺のように派手に才のある男はプライベートに仕事を持ち込まねぇんだよ」
相変わらず何を言っているのかわからないけれど家で暇そうにしている理由は何となく理解した。
先生のような社交性のある人から見たら私は真逆にも近い存在。世の中には私よりもずっとずっと素敵な女性で溢れ返っているのに、何で私なんだろうという疑念が未だ頭の中に居座り続けている。
「手が止まってんぞ」
「わわっ」
耳元で囁かれた声に吃驚して身体が仰け反った。
その瞬間、椅子が傾いてバランスを崩し倒れそうになる私を先生が咄嗟に抱きとめる。
「あっぶねぇ。名前、怪我してねぇか?」
驚いた私よりも声をかけた先生の方が焦っていて片手で支えながら真剣な眼差しで訊ねてきた。
「だ、大丈夫。ありがとうございま…す」
「俺が傍に居て、良かっただろ?」
「先生が驚かせたんだけどね」
「解らねぇ問題があんのかと思ったんだよ」
「…いや、気にしないで」
見上げれば思っていた以上に顔と顔の距離が近く、離れようと身動ぎすれば私を抱えている先生の腕に力がこもる。
「もう大丈夫だから、そろそろ離して」
「俺が大丈夫じゃねぇから断る」
「何言ってるの」
「こんな時でもなきゃ、名前に触れねぇだろ」
想いを打ち明けて隠す必要がなくなった途端、些細な言動もストレートに伝えてくる先生に振り回されているけれど。
拒むという選択肢もあるのにそうしないのは少なからず先生の好意を受け入れているからなのか。
認めたくない、でも胸の中に温かい『何か』を感じている。
どんなに頭で否定しても、心はとても素直なようだ。
「これ、セクハラで訴えたら勝てるかな」
「アホか、不可抗力だわ」
テンポ良く繰り広げられるやり取りに思わず笑みがこぼれた。
先生、私はあなたに期待しているみたいです。
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