ペチュニアの安息

先生が私を好きだなんて、これっぽっちも思わなかった。そういうのって態度なり言葉なりに出てきたりするんじゃないのかな。
単に私が鈍いだけだとしても好意を寄せられていると感じるような言動はなかったよ。
…うん、ない。
何より好かれるような事をした覚えは全くない。どちらかと言えば、素っ気ない物言いで距離を置いていたし。それが好きだと言うのなら、とんだドMだと思う。

先生にとっての「好き」と、私の考えている「好き」が必ずしもイコールではないけれど。
「好き」って言葉一つに、ここまで悩まされるとは思わなかったわ。
変に意識をしてしまい、まともに顔も見られなくなってしまった。


「なぁ、名前」

「…何」

「今、何考えてんだよ」

「べ、つに何も」


いつもより口数の少ない夕飯時。向かい合わせで食事をしていれば不意に声を掛けられた。
目も合わせずに返事をすると先生は突然持っていた箸を置いた。


「俺の事、考えてんのか?」

「ちがっ!」


図星を突かれて動揺し思わず顔を上げれば此方を見つめていた先生の視線と交わる。
一度合ってしまったら逸らすタイミングを失ってしまった。


「いい反応じゃねぇの」

「…揶揄って楽しんでるんでしょ」

「俺は、いつだって本気だっつーの」


顔は笑っていても目は真っ直ぐ私を見つめていて、嘘を吐いているとは思えない。
それでも、何で私なのかという疑念が消えないのは自分に自信がないからなのだろう。
私が先生だったなら面倒な生徒としか思わないから。


「昔、名前に会ってんだよ」

「…昔?学校に入る前?」

「そう、五年前に病院で」

「病院…。母が入院していた時だ」

「そん時のお前の笑顔が忘れられねぇの」


いくら思い出そうとしても、その頃の記憶は切り取られたかのようになくて。


「全く覚えてないの」

「名前の記憶になくても、俺が覚えてりゃそれでいい」

「私、笑ってたんだね」

「母親と楽しそうに笑ってたなぁ」

「…そっか」


私の中に残っている母との思い出は、どれも辛く苦しいもので笑っていた頃の記憶がない。


「会わなかった数年で何があったか想像つかねぇし聞いても苦痛をわかってやれねぇ。だったら俺にしてやれる事があんだろって思ったわけだ」

「…それが、現状って事?」

「まぁ一緒に暮らせたのは嬉しい誤算だったけどな。まさか一人暮らししてるとは思わなかったぜ」

「…その話の中で、私を好きになる要素はゼロなんだけど」

「名前が気付かなかっただけだろ。お前が入学してきた時からずっと近場から見守ってたぜ?」


ご飯を口に運んで咀嚼しながら考えてみるも、いまいちピンとこない。
挨拶をしたり必要最低限の会話をした事はあったけれど、あの日合コンで出会わなければ…。

ん?合コン…。


「まさか、あの合コンに先生が参加してたのは偶然じゃなかったの?」

「お前の先輩に頼み込んで参加したんだよ」

「…ストーカーじゃん」

「違ぇよ、愛だわ」

「残念なイケメンって先生の為にある言葉だね」

「アホか、俺はド派手なイケメンだ」


恋愛偏差値がゼロの私には好きだ愛だと言った感覚がわからないけど。
自分を想ってくれる人がいるって幸せな事なのかも知れない。



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