強がりなオシロイバナ

学校がある日は帰宅して掃除、洗濯、そして適当に炊事。これが一人暮らしをしている時の日常だった。
先生が同居し始めた今もこのルーティーンは変わらない。

ただ、部屋のそこかしこに自分の物ではない品物が増えた。
玄関先には男物の靴とスリッパ、洗面所には歯ブラシと髭剃り、マグカップや洗濯物。
ミニマリストの空間に先生の物が溢れ返っている。

家族でもなく恋人でもない教師と生徒で単なる同居人。そんな曖昧な関係の人との暮らしを始めた頃は窮屈で仕方なかったのに。
数日も経てば、ずっと前から一緒に住んでいるかのように馴染んでいた。


「洗濯すんなら俺のも一緒に頼むわ」

「そうやって、いつも私に押し付けるんだから」

「とか言いながらも、やってくれんじゃねぇか。名前は、優しいよなぁ」


変わったのは生活だけではない。
どんなに撥ね付けても臆せず向き合う先生に、ほんの僅かではあるけれども心を開きかけている。
自分で言うのもあれだけど、こんな可愛げ無い生徒に何故ここまで肩入れするのか理由がわからない。けれど根気よく接してくる先生を拒絶していたのに、気付いた時にはごく自然に受け入れていた。
一緒に生活をしてからというもの常に主導権は先生が握っていて私は文句を言いながらも従っている。
一人で暮らしていた頃は、この空間に声が響く事さえなかったのに今では朝の「おはよう」寝る前の「おやすみ」その間にも沢山の会話が飛び交う賑やかな部屋へと変わった。
そして、たった数日の間で一番変化した事。

二人暮らしも良いもんだと思っている自身の気持ち。


「ねぇ先生」

「何だよ」

「うちに来る前、さねみんと同居してたの?」

「あぁ。不死川は、あんな成りしてっけど派手に綺麗好きで料理も上手いんだぜ」

「へぇ、意外。先生と真逆だね」

「俺は出来なくてもいいんだよ」

「今はいいだろうけど。一人になった時に困るんじゃないかなって」


いつまで一緒に暮らすかなんて先の事は予測出来ないものだ。
例えば私に恋人が出来たとして、相手と結婚すれば必然的に先生は一人になるわけだし。


「一人にならねぇよ」

「何でそう言い切れるの?」

「名前が居るだろ」

「あのね、私だっていずれは誰かと付き合ったり結婚したりするかも知れないじゃない」

「そりゃあ、そうだろうなぁ」


洗濯機を起動させて壁に凭れ掛かる先生の顔を見上げればニコニコと効果音がしそうな笑みを浮かべていた。
噛み合っているようで、そうでもない会話。
大袈裟に溜め息を吐いて目の前を通り過ぎようとした時、突然先生の腕が行く手を阻んだ。


「お前、鈍すぎやしねぇか?」

「え、何が?」

「俺が此処で一緒に暮らしてんのは同情でもなけりゃ慈善活動でもねぇ」

「…回りくどい言い方されても、わからないよ」


道を塞ぐ腕を払い除けようと手を掛ければ、その手を先生のもう片方の手に掴まれる。


「名前」

「…なに?」

「お前が好きだから、一緒に居るんだよ」


…何を言っているんだ。
本当にどうかしてるわ、この先生。



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