ラベンダーの懐疑心

放課後担任の不死川先生こと、さねみんに呼び止められて人気のない資料室へと連行された。わざわざこんな場所を選んでする話があるとすれば予想はついている。
九分九厘そうであっても自ら地雷を踏みに行く事は避けたいから素知らぬ振りをしておくか。


「さねみんが呼び出しって珍しいよね」

「誰がさねみんだ、コラァ」


口調は荒々しくても怒ってないとわかっているから怖くはない。常にこの調子だから本当に怒り出した時は地獄を見る程におぞましい光景になりそうだけど。


「宇髄が何やら名前に、ちょっかい出してるらしいなァ」


ほらね、やっぱり宇髄先生の件だった。
さねみんが、どこまで内情を把握しているのかは知らないけれど疚しい事は何一つないのだから怯える必要はない。


「ちょっかいって…。まぁ遠からず、だけど」

「境遇が似てるからか、お前を女として見てるか」

「圧倒的に前者だね」

「俺としちゃあ、どっちでも構わねェ。だが万が一にも面倒事になった場合、あいつは職を失う」


面倒な事…即ち宇髄先生と同居している事が第三者に露呈した場合の話か。


「そんなリスクを冒してまで何で私に構うの?」

「俺が知る訳ねェだろ」

「さねみん、宇髄先生と仲良しでしょ。何か聞いてないの?」

「学生時代からの腐れ縁なだけだ。知りたきゃ本人に直接聞けェ」


ドアに手を掛けて「警告はしたからなァ」と言い残し部屋を後にした。
宇髄先生と暮らしてます、なんて誰かに知られた日には彼に本気で恋をしている女子生徒達から恨みを買ってしまうだろう。そればかりか陰湿な虐めと言うオプション付きに決まってる。それは絶対に避けたい。

ならば、バレなきゃいい話だ。もうそれしか手立てはない。

きっと私が何を言っても彼は出て行かないだろうから。
大きな溜息を一つ吐いて部屋を出ようとした時だった。


「名前!」

「え、宇髄先せ…」


先生は開いたままだった扉を閉めて私の肩に両手を置くと少し焦った表情で問うてくる。


「不死川に何を言われた?」

「…へ?」


目線を合わせる為に中腰になった先生は同じ言葉を今度はゆっくりと呟いた。


「不死川に、何を言われた?」


真剣な眼差しで見つめる先生に戸惑いながらも短く答える。


「警告されただけだよ」


さねみんが言っていた言葉のままを伝えるも納得出来ないといった面持ちをしている。
そんな顔をされても他に言い様がないしリスク云々は先生が一番理解しているだろうから私が口を挟むべき事じゃないもんね。理由は知りたいけど。


「今は時間がねぇから、そういう事にしといてやる」

「いや、それが事実なんだけど」

「帰ったら全部聞かせろ。いいか、必ずだ」


そんなに拘るような内容の話だったっけ?

…あ、そう言えば境遇が似てるとか何とか言ってたような。もしかしたら聞いちゃいけない話だったんじゃ…。


「名前、晩飯はカレー作んぞ。米炊いとけよ」

「…私が作っておくからいいよ」

「頼もしいな!お前、いい奥さんになれるぜ」

「…帰るね」

「おう」


最後は普段通りの先生だったけど何かを隠している事は確かだ。それは私に知られたら不味いものなのか、はたまた誰にも知られたくないものなのか。
その答えは、今夜教えてくれるのだろうか。

次々と湧いてくる疑問は、出口の見えない闇の中を彷徨っていた。



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