揺らぐホウセンカ
「ねぇ」
「おー、意外と綺麗にしてんじゃねぇか」
「ちょっと」
「名前、この部屋片付けっから手伝え」
「宇髄先生!」
何を血迷ったのか保護者になると言い出した先生の申し出はきっぱりと断った。しかも曖昧な返答ではない、確実にNOと言い切った。
この数日は何の接触もなかったので単なる気紛れだったんだろうと思っていた矢先、バイト先に突然現れて家まで着いてきたかと思えば間取りを丁寧に確認し始めている。
それどころか物置部屋を片付けるって部屋主でも無いのに何をしようとしてるんだ。
「今日から俺、此処に住むから早いとこ片付けようぜ」
「…はぁ!?」
「ちゃんと親父さんには了承もらってっからな」
「勝手な事を…」
「心配してたぜ?連絡しても毎回繋がらねぇって」
「あの人が、私を心配なんてする訳ない」
「…なぁ、名前」
「触らないで!」
私に向けて伸ばされた手を払い除ける。
人間なんて皆、自分の都合しか考えない身勝手で強欲な生き物だ。
あの人も、先生も、誰も私の気持ちなんて、これっぽっちも汲んでくれない。
「此処に住みたいなら勝手にしたらいい。でも、私に干渉しないで」
そう言い残して自室へと戻ると、そのままベッドにダイブする。
ほんの数日前には単なる先生と生徒で必要最低限の会話しか交わした記憶も無い関係だったのに。
たった一度、選択肢を誤っただけで私の心にずけずけと踏み入ってくる。
唯一安らげる場所だった家の中でも気を張らなきゃならないなんて、どれだけのものを私から奪えば気が済むんだ。
バイト先での気疲れに精神的疲労がプラスされているからか目を閉じると、そのまま眠りに落ちていった。
一日の始まりを告げるアラーム音が室内に鳴り響き目を覚ますと身体を起こさず手探りでスマホを探した。
「スマホ、どこだっけ」
僅かに倦怠感を感じる身体を起こしてテーブルの上に置いてあるスマホに手を伸ばす。
「名前、まだ寝てんのか?」
扉が開くと同時に聞こえた声に心臓が飛び跳ねると同時にまだ上手く働かない脳を刺激した。
「ちょっと、ノックしてよ」
「次から気ぃつけるわ」
スマホのアラームを切りながら悪びれもせず返事をする先生をキッと睨みつける。
もし私が着替えをしていたらどうするんだ。
「朝飯、作ったから早く食えよ」
「朝は食べないんだけど」
「いいか、名前。朝飯ちゃんと食わねぇから体調崩すんだ。少しでもいいから食え」
先生は一方的に話を終えると部屋を後にする。
昨夜、干渉するなと伝えたはずなのに。人の話を聞いてないんじゃないかと思ってしまう程に強引だ。
顔を洗い制服に着替えてリビングに行けばテーブルにはトーストとハムエッグが並べられていた。
「冷めちまうから早く食え」
「…パンとか食材は買ってきたの?」
「冷蔵庫見たら何もねぇから夜中コンビニに行ってきたぜ」
誰かが居る家、誰かが作ってくれた食事。
「いただきます」
「おう、食え食え」
誰かと食べる朝食。
「…しょっぱい」
「あん?…うは、マジでしょっぺえ!塩振りすぎたわ」
これが一般的な有り触れた日常なのだとしたら、こんな毎日も悪くないと少しだけ胸に温かみを感じた。
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