ひたむきなローダンセ

母の死に際の言葉は父の名前だった。
傍にいた私には目もくれず遠くを見つめながら愛おしそうに父の名を呟いたのだ。
母が長くは生きられないと知っていたのに一度として会いに来なかった父を疎ましく思っていた。それと同時に母のようにはならないと自身に言い聞かせていた。
けれどもそれらは私の本心じゃなかったと今更ながらに気が付いた。


ほんの僅かでもいい。
父を愛するように、私にも
愛情を向けて欲しかったんだ。

おひとり様の人生を過ごすつもりでいた私に人と寄り添い生きていく幸せを教えてくれたのは、他の誰でもない宇髄先生だった。


「俺は名前の両親じゃないんでな、真実はわからねぇし気の利いた事の一つも言えやしねぇが」


話の途中で口を閉ざした先生を不思議に思って隣に座る彼の顔を見上げてみれば淀みのない赤紫の色をした瞳と視線が重なった。ものの数秒見つめ合うだけで吸い込まれてしまいそうな程に透き通ったその目に映し出されているのは紛れもなくこの私だ。
先生は優しく笑んで私の手を取ると自身の左胸にあてがって再び声を発する。


「俺の愛を余すところなくお前に注いでやる」

「先生…」

「そこは名前で呼べよ。雰囲気台無しじゃねぇか!」

「何か…恥ずかしくて」

「呼び方一つで照れてるようじゃ、この先身が持たねぇぞ」


先生はそう言うや否や私の手を引っ張って自身の胸に包み込んだ。服の上からでも聞こえる先生の心音が心地よくて目を閉じてみれば睡魔に誘われていく。
思い返してみればあの日あの時、合コンに参加しようと思わなければ先生とこんなにも深く関わる事はなかったんだ。
今こうして一緒に居られるのも当時の私のお陰なんだよね。
あれから数ヶ月。いつだって先生は一番近くで私を見守り、想ってくれている。
宇髄天元という人物は私よりも私の事を愛でてくれる特別で大切な存在だ。


「名前」

「…ん」

「お前の初めては全部、俺のもんだからな」

「うん」

「卒業したら結婚するか」

「うん」

「…なんだ、眠いのかよ」

「とっても眠い」

「仕方ねぇなぁ。まぁそれだけ俺に心を許してるって事か」


先生の手がゆっくりと頭に触れ撫でていく。


「せんせー」

「どうした?」

「いつも、ありがと」

「…おう」


頭を撫でていた掌が私の頬に優しく触れる。
伝わる温もりの気持ち良さから段々と意識が薄れ、私は先生の腕の中で眠りに落ちていった。



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