サクラ チル

入学式を終えて校内を探索していると開けっ放しの窓から少しひんやりとした風が舞い込んでくる。
窓の外に目を向ければ桜の木の下で、ふわりと舞い散る花弁を眺める男性。
眩しくて煌びやかな光景に思わず息を飲み、その美しさに魅了された。

所謂、一目惚れというやつだ。

その男性が教師だと知ったのは、それから数日後の事だった。


あまく とろける


宇髄先生に恋をしてから三度目のバレンタインが訪れようとしている。

初めてのバレンタインは気合いを入れて手作りのシフォンケーキを用意した。いつ渡そうかとタイミングを窺っていたけど常に女子生徒が群がっていて隙がなく結局そのまま家に持ち帰って自分で食べた。

二度目のバレンタインは日曜日にクッキーを焼いてラッピングにも拘って月曜日に学校へ持って行ったのに、どんなに探し回っても先生が見つからなかった。
諦めて帰ろうとしたら隣のクラスの我妻くんが死んだ魚のような目で見つめるものだから怖くなってクッキーを渡して逃げ帰った。

そして今回が三度目、これがラストチャンスとなる。
後半月もすれば卒業式。渡さず諦めた過去に少なからず悔いを残しているので今度こそは絶対に渡すつもりでいる。
たとえ想いを告げて駄目だったとしても言わずに後悔する方が想いを引き摺るだろうから。そりゃあ三年間好きだったんだから失恋したらショックは大きいけれど未練を残さずに先生からも卒業出来るはずだ。
数日後に迫る決戦の日に向け気合いを入れて廊下を歩いていると職員室の前で想い人である宇髄先生が女子生徒に囲まれていた。


「宇髄先生、今年もチョコあげるね」

「いや、今年から貰わねぇって決めたんだよ。悪ぃな」


…えっ、待ってなになにどういう事?
耳に届いた先生の言葉が理解出来ず自然と歩みが止まった。


「えー、なんで?」

「数を多く貰ったところで惚れた相手から貰えないんじゃ意味がねぇだろ。俺は自分が好きな女がくれるモンだけ大切にしてぇんだわ」

「先生、好きな人いるんだ!ねぇ誰なの?」

「さぁな、教えねぇよ」


なんだ、そっか。
今ここで先生の口から聞けて良かった。頑張って作っても無駄になるとこだった。
まさか想いを告げる前に振られたのは予想外だったけど何も知らずに気持ちを伝えて先生を困らせるような事態を回避出来たんだ。
残り僅かの高校生活だけど顔を合わせづらくなるくらいなら想いを秘めたまま終わらせよう。
締め付けるような胸の痛みを堪えながら掌を握りしめ深く息を吸い込んだ。


「お、名前。まだ残ってたのか」


濁りのないよく通る声が耳に届くと鼓動が高鳴る。先生に好きな人がいると知ってしまっても私の心は先生が好きなままなんだ。
この気持ちを悟られないように冷静さを装う。


「日誌を書いていたので」

「んなモン適当に書きゃいいのに、相変わらず真面目だねぇ」


去り際に必ず頭に触れる大きくて温かい手が大好きだった。
卒業までに後どれくらい撫でて貰えるだろうか。

三年間募らせてきたこの想いを今すぐに断ち切る事は出来ないけれど。

先生に恋焦がれた日々が
思い出に変わる時が訪れるまで、
好きでいてもいいですか?



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