ろぐ | ナノ






たらりと垂れる汗を睫毛で受けとめて、人混みの中を走る。慣れない靴や崩したくない髪や動きにくい服のせいで目的地までするりと辿り着くことができない。すみません、すみませんと道行く人に謝りながら掻き分けて、1人の人を見つけようと辺りを見回したけども、見つからない、んです。わーもう、きっと絶対、怒ってるよ、。帰ってたらどうしよう…せっかくおめかししてきたのに!というか誰のためにやってきてあげたと…!


「遅い、馬鹿」


ポン、とうちわで頭を叩かれたような気がして振りかえると、不機嫌そうな顔をした紫おかっぱの眼鏡がいた。帰ってなかったよ、良かった!


「ティエリア!」
「君は人を何分待たせれば気が済む」
「ごめん、ごめん!」


例のごとくフン、と鼻を鳴らしてティエリアはすたすた人混みの中を進んでしまう。な、なに、ティエリア怒ってる?まあそうか、ティエリア様だもんね。


「かき氷奢るから許してよー」
「…別に、いい」


こっちをちらりとも振り返らないどころか見ようともしないし、歩くの速いし、見失っちゃうし、てどこにいるかわかんなくなっちゃうから、とりあえず前を進む裾を掴むのがやっとだった。



「ティ、ティエリア!」
「なんだ」
「普段から早いけど、今日なんか歩くの早くない?」
「気のせいだろう」



祭りの雑音が響くなかで、ティエリアの声も拾うのは苦労する。せっかく花火見ようってしつこく誘ったのに、やっぱりティエリアは嫌だったかなあ…と下駄のせいで痛くなった足の小指を見ながら思った。せっかく、浴衣、着てきたのに、なあ。
くるりとティエリアは人混みを上手に抜けて、人気の無い神社にたどり着いた。あれ、花火は?



「足」
「?あ、あし?」
「足をだせ」
「は、はい」



言われるがまま神社の階段に腰掛けて足をティエリアに差し出すと、ティエリアは鞄からばんそうこうを取り出して屈み、さっき歩いて痛かった私の小指にそれを器用に貼ってくれた。その間、提灯に軽く照らされた白い肌ときれいな顔に見惚れてしまった。ほんとうに、きれい。どっちが女の子かわからないくらい。自信、無くすなあ…



「わ、あ、ありがとうございます」
「君のことだからどうせこうなるだろうと思っていた」



意地悪そうに口角をあげるティエリア。さすが準備のいいこと。そして、私のことよく知ってくれてるんだなと思うと妙にくすぐったい気持ちになった。



「ティエリア、この神社は?」
「花火の見る上で、一番良い席をとっておいた」
「…え?」
「見るんだったら綺麗なものを見たいだろう」



フン、とティエリアがそっぽをむく。そっか、ティエリア、色々考えてくれてたんだ。私自分のことしか考えてなくてばかみたい。ティエリアはいっぱい私のこと考えてくれていたのに。



「…ごめん」
「何故君が謝る」
「…ティエリアと見るんだったら、なんでも綺麗だよ」



心のそこからの感謝の気持ちを込めて笑って言ったのだけれど、ティエリアには下を向いて黙られてしまった。なんでだ。



「ティエリア、ほら花火始まるよ!」



花火開始のアナウンスが聞こえて、私も空を見上げる。ひゅるるる、と花火特有のうち上がる音が聞こえた瞬間に隣に座るティエリアに腕を掴まれて、



「…た、……ってる」



どーん、と大きな音に重なってティエリアが何を言ったか全然聞こえなかった。タイミング悪いよティエリア!



「え?ごめん、聞こえなかった!」
「…」
「ごめんもう一回!もう一回だけ!」



もう次の花火まで時間がない。あと10秒くらい。



「ティエリ、」
「…浴衣、似合ってる」



花火がまたどーん、と打ち上がったタイミングでティエリアの口で口を塞がれて、それが、涙が出るほど嬉しくて、ずっとこの瞬間が続けばいいのにと思いながら涙が一粒頬を伝った。






雨があがったらキスをしよう