ろぐ | ナノ




知らなかった。


「もう疲れたんや…もう」



わたしの目の前で白石が泣いている。どうしてだろう、男の人が泣いているというのに何一つ私は動揺なんてしてなくてただ純粋に白石からこぼれる涙が、そんな涙を流す白石が、綺麗とばかり思ってしまっていた。



「どうしたの」
「俺は、聖書なんて、呼ばれる資格なんかない」


いつ見ても、女の私が見ても白石は綺麗だった。テニスする姿も勉強してる姿も。いつだってみんなに囲まれてテニスも強くて勉強もできるそんな強くてすごい人だと皆も本当に信じていただけだったから白石がまわりからの評価を聞いてなにを思っているなんて知るよしもない。色んな意味で白くて綺麗な白石に、黒い部分があるなんて。



「みんな、みんな俺に理想を押し付けすぎなんや」



そうやって憂げに睫毛を揺らして、涙で長い睫毛を濡らす。目を閉じたときに流れた涙が白石の左手に巻き付けられた包帯に当たって、吸った。今までどれくらいこんな思いを抱えてきたのだろう。誰にも言えずに、言わずに。態度にさえ出さずに。



「あいつらみたいな才能がない、特技ないから、ただ基本をやるしかなかったから、やのに」
「うん」
「部長やって、俺なんかがやるより適任なやつなんておったのに」
「うん」
「聖書なんかや、ない。俺だってただの、人間や」



それでも私には白石は聖書のように見える。テニスをしている白石は素人の私から見ても無駄な動きなんてまるでなくて、すごく素敵だった。ロボットのような正確さじゃなくて、まさに、聖書のような。



「白石は、白石だよ」
「…なまえ、だけやな。わかってくれんのは」



涙を毒手と呼ばれる左手で拭いて、「すまんな」と白石は呟いた。何に対して謝ったのだろうか。人に弱味を見せるのは白石の中で罪悪感が出るのだろうか。確かに、見たことないけれど。白石の涙がもう見れないのは少し残念なのだけれど、まだ涙が少し滲んでそれで笑う白石がこれまた一層綺麗に見えた。こんなに綺麗に笑う人が同じ人間なのか、と疑ってしまう。もしかしたら女の子よりも綺麗かもしれない。いや、男の子だからこその綺麗さなのかな。



「あと、ありがとな」



ぎゅう、と白石に抱き締められるといい香りがした。シャンプーと少し薬が混ざった匂いで、清潔な白石にぴったりだ。あれ、もしかしてこのシャンプー私も一緒かもしれない。こうやって、私はシャンプーでしか何もかもが違う白石との共通点が見つけられないのは少し悲しいけれど、白石が私だけに弱みを見せてくれたさっきのように同じ人間なのだからもっと白石のことを知りたい、と思った。




あなたの睫毛に私はなりたい