「誉はいいの?」
「誉はちょっと進路のことが長引きそうだから行けないってよ。感想もらってから僕も行くってさ」
「なるほど、さすが誉。賢い選択だね」
「いや!陽日先生のチョイスに間違いない!!」


その根拠は何処から出てくるんだ、と毎回思う。そんな馬鹿みたいな話をしてるうちに学園の外に出た。そして今、私の目の前に自転車がある。しかも、ひとつ。…ひとつ?えっと…ん?



「…一樹、ひとつ聞いていいか」
「なんだ?」



いやいやドヤ顔でふんぞり返らないでください。私は状況が読み込めてないですから。


「えっ…自転車?で行くの?」
「星月先生が持っててなあー言ったら貸してくれたんだ!いいだろ」
「いやいいけども!…そしてひとつ、なの?」
「ああ!ひとつしかなかったし…おし、できた」



星月先生から貸してもらったであろう鍵を自転車の鍵差し込み口に差す。かちゃり、と鍵の開く音がした。これは、これはまさかの。


「…私の、乗るとこは?」



どくんどくんと心臓が壊れそうなくらいに跳ねた。ああもう、静まってよ。一樹に聞こえたらどうするの。一樹は「よいしょ」と自転車のサドルに乗って、片手でぽんぽんと後ろの荷台を叩いた。



「ここでいいだろ?」
「…仮にも生徒会長が二人乗りなんて、していーの?」


ああもう全然可愛くない。夢見てたくらい憧れてた事なのに。こんな冷静なことを言っときながら私の心臓は未だに、収まらない。夕方の風は昼とは違って少し涼しくて、火照る顔を冷まそうとするけれどやっぱり顔は、熱い。



「いーんだよ!会長命令。ほら、早く行くぞ」
「はいはい」



一樹の背中にしがみつこうと思ったけれどさすがにそれは恥ずかしかったので荷台に横向きに座るこてにした。落ちそうだけど、うん、大丈夫。


「それで落ちねーか?」
「うん。平気」
「なんかあったら掴まれよ」
「一樹の運転が下手だったら落ちるかもね」
「なんだと〜!?お前が重くて進まないかもな」
「…うるさいよ一樹」



こんな時でさえ私の脳裏には細くて可愛いあの子が浮かぶ。…そりゃあ月子ちゃんよりは、重いかもしれないけど。ダイエットしようかなあ…私。



「まー怒るなって!」


怒ってない!と返すとはははっと笑いが返ってきた。一樹は全くよくわからない。



「冗談だから、さっ」
「うわっ」



一樹が両足で地面を蹴ると自転車はすいっと動き出して、揺られた私は落ちる、と思って半ば反射的に一樹の背中に抱きついてしまった。う、なんか、



「ご、ごめん!」
「いーからそのまま掴んどけ!危ないぞ」
「っていうか一樹、運転、上手い、ね」



星月学園にいる限り、自転車に乗ることはほぼ無い。だから二人乗りなんていうシチュエーションはきっと青春中にはありえないと思っていた。からこそ、今、すごく幸せ、だ。と一樹の大きな背中を見ながら思った。まじまじと一樹の背中見るのはいつ以来だろう。もしかしたら私は一樹とずっと一緒にいて見てるようで、全く一樹のことをしっかり見てなかったのかもしれない。これでよく一樹のことが…なんて言えるの自分、気持ちの持ちようからして月子ちゃんに負けてるなあと改めて実感せざるを得なかった。



「だろー。俺様の卓越した運転技術に恐れを為したか!なまえ」
「日本語言ってください。そして前見て前」
「ったく日本語だっつーの!つかなまえが軽いからだろ」


夕方の風は昼とは違って少し涼しくて、走りながら風を切って火照る顔を冷まそうとするけれどやっぱり顔は、熱い。背中だから一樹には見えないけれど。



「…言ってることは、統一しなよ、ばかずき」
「すいませんって」