私は乗っているだけだからいいのだけれど、もう一樹はどれくらいの距離を漕いだのだろう。陽は沈み始めてしまってるし、すでにもう私たちが街に出てきたのかも危うい。



「危うくねーよ!大丈夫だって!…たぶん」
「たぶん?あれ、さっき絶対って言ってなかったっけ一樹」
「おかしいなー陽日先生の教えてくれた場所だとここのはずなんだ、が…」



一樹が見渡した場所はお世辞にも活気があるとは言えないような場所だった。断言したい。ここは絶対陽日先生が言ったという場所じゃないと。



「なんでたよ!こういうちょっと隠れたラーメン屋のほうが旨いかもしんねーだろ」
「いやいやだってラーメン屋のひとつも見つかんないもん!これはおかしい!」
「いや俺の目には見える!うまそうなラーメン屋が、な…」
「一樹おちついて、幻覚!疲れすぎて幻覚見え始めてるよそれ」



これは本格的にまずい。私のお腹は最高の空腹を知らせるチャイムが鳴り響いているし、私なんかよりずっと、さっきから漕ぎ続けてる一樹は疲れているだろうしお腹減ってるだろうと思う。…あれ?今何時?



「8時じゃん!」
「わ、マジだな。明るいから全然気付かなかった!」



一樹の言うとおり夏の空は移り変わるのが遅く、未だ明るいので時間がわかりにくい。しかし8時って…名残惜しいけれどお腹のほうが限界なのでラーメンは諦めて(自分が食べたいって言ったのだけど)そろそろ帰ろう、と話しかけた。


「一樹、そろそろかえ」


ろうよ、と続く言葉とぐうううう、という音が重なったなった。
正直な話自分のお腹ってこんなにもなるのかとか一樹の前でなんたる醜態、とかまあいろいろ思うことがあったのだけどパンクしてしまって俯くしかなかった。女子としてこれはないだろ…あーあ。



「あ、俺すごい腹減った」
「えっ今の一樹なの?私でなく?」
「なんだ、なまえも鳴ったのか?」
「あっ…いや」



しまった。言わなければ良かった。そういえば1人で鳴ったにしてはすごい大きかったもんなあ…くっ気付くべきだった。今からどうにかごまかせないかな。



「なんで隠すんだよー」
「べ、別に隠してないけど」
「腹が減ったら腹の虫くらい鳴るだろ」



そういう問題じゃ、といいかけて私は口をつぐんだ。一樹はこうやって、本人は気付いてないのに私の心を自然に溶かしてくれる。優しい。けれど、やっぱり、乙女としてのプライド的なものは失ってはいけないと思うのですよ。何も言い返せなくなって紅潮した顔で私は俯いた。うう、恥ずかしい。


「…ったく、こんくらいで気にするなんてなまえは可愛いな〜」
「はっ、」



そう言って一樹は私の頭をくしゃりと撫でた。一樹は誰にでもそういうからちゃんと頭では分かってはいるのだけど、少しは期待しちゃうよ。この、お父さん気質め!と心の中で毒吐いてなんとかやり過ごした。お、お腹減ったし。



「と、どうする?なんか食べる?」
「んー…コンビニ行くか!」
「街まで来てコンビニって…」
「笑うなよ!なんだ、なまえは嫌か?」
「いや、一樹らしいなってね」


私がくすくす笑うと、少し拗ねたように話す一樹が可愛くて、意地悪したくなる。ああ、やっぱり私は一樹が好きだ。きっとこの先私ではない他の誰かと結婚したときも強引で、傍若無人で、横暴なのにどこか頼りがいがあって、そんな一樹が奥さんを導いていくのだろう。私は他の誰かの女の子を思い描きながら、私と一樹が気兼ねなんかなく一緒過ごせる今を大切にしようと心から思った。だから今は精一杯、楽しもう。



「私コンビニ好きだし」
「コンビニはなんでもあるしな」
「まあ食堂でも良かったんじゃないかなーと思わなくもないけどー。誰かさんがうまいラーメン食う!とか言って迷わなかったら今頃ね…」
「うっ!それを言うなあああ」


コンビニを見つけるためにまた自転車を漕ぎだす。ほんとは、一樹と一緒なら、どこでも良かったなんて内緒。



「また」
「?」
「一緒に行けば問題ないだろ!」「…そうだね」



自転車の荷台に揺られながら私は目を閉じて微笑む。ねえ一樹、期待しても、いいの?




私が一樹とこれから先もずっと一緒にいる未来を。