がちゃりとドアが開く音がしてハッと目が覚めた。ひぐらしのなんとももの哀しげな泣き声が聞こえて、今が夕方なんだと感じた。なに、今のいままで私、寝てたのか。


「…なーんか寝起きみたいな顔してんなお前」
「か、ずき」



当たり前でしょ、寝起きだもん。と言おうとした時にさっきの光景が浮かんで、言葉を呑み込み「まあね」と流した。ずきり、とまた心が痛む。ひぐらしの声が余計に私の傷を抉るように深いところに染み込むので、これ以上聞こえないように温い風の吹き込む窓を閉めた。



「弓道部の床、直ったの?」
「んー直った…っつーよりもっと爆発したっつうほうが正しい、な」
「…翼くんか」
「爆発のおかげで穴が広がって陽日先生すげえ泣いててな…だから修理の人呼ぶことになった」
「まあ一番正しい選択だわな」
「翼も『俺が直すんだあ〜っ!』って駄々こねてな…陽日先生と翼が一緒に喚くもんだから父ちゃんもうどうしたらいいかわからんくなってな…とりあえず置いてきた」
「ほほう」



手が掛かる奴が多いなあと心底楽しそうに笑う一樹が夕日に照らされてオレンジに染まる。その姿に私は、苦い、去年の夏祭りを思い出してしまった。花火に照らされた一樹は、他の誰よりも格好よかった、のに。



「月子ちゃんは?」
「ああ、あいつは弓道の後片付けが有るから残るってよ。…ったくアイツも部活に生徒会にって忙しいな」



彼女に想いを馳せてくしゃりと笑う顔に私はいよいよ去年をフラッシュバックしてしまった。ちょうど一年経ったっていうのに何も、変わらない。私は相変わらず去年のままでしかないのだ。一樹はいつだって前に進むのに。一樹だけじゃない、皆だって前に進んでる。私だけが去年から、動けないまま。



「そ、う」



少しだけ泣きそうになってしまって一樹にばれるんじゃないかと心配したけれど一樹は会長お得意のパソコン前に座って何かを検索し始めたので私の顔は死角になっていて見えないはず。良かった。それでもこれ以上ここにいたらいつ一樹の前で泣いてしまうかわからない。一刻も早く帰ろう、と傍にある鞄を掴んだ。



「じゃ、じゃあ一樹、」
「よし。なまえ、ラーメン食いに行くぞ!」
「……はい?」


いきなり立ち上がって何言うかと思ったら…今、なんつった。



「一樹さん、なんですか」
「だから、ラーメン食いに行くぞ!」
「…繋がりが見えないんですけど」
「昼にお前がラーメン食いたいって言ってたろ?だから陽日先生にうまいラーメン屋聞いたらちょっと街のほう行ったらあるらしいから行く!って話だが、文句あるか?」
「ラーメンって…食堂じゃダメなの?」
「せっかく食うんだったらいつも食べてるラーメンよりもうまいとこ行ってみたいだろ」



何か間違いでもあんのか?と言う風に自信たっぷりに言うから思わず爆笑してしまった。一樹のこういう強引なところはすごいなあと思う。行く気なんてもうとうの昔に失せたというのにまた行こうかな、と思わせてしまうしね。ほんとに会長様々です。



「…ようやく笑ったな」
「え?なんか言った?」
「いーやなんにも。んで行くのか?行かないのか?」
「はいはい行きます。行けばいーんでしょ」
「その通り!よーくできました!」



にっと豪快に笑う一樹の顔を見てたら悩んでる私がバカみたいに思うから不思議だ。一樹の笑顔に一喜一憂してる自分がもうすでにバカなんだろうと思うけど。…一樹は私の顔色なんてさぞどうでもいいだろうに。