それは、去年の夏祭りの最後に、花火を見たときの話だった。真っ暗な夜空に上がる花火がほんとうにきれいで、見惚れていたみんなに混じって、七色に反射する光に隠れるように私は隣にいる彼の顔を盗み見た。きっと花火に見惚れて私が見てることなんて気付かないだろうと、でももしかしたら彼もこっちを見ていてくれていて目が合うかもなんて淡い期待を込めて。けれどそこには確実に、私ではない、虹色の花火の光が顔に反射して、きれいな花火のように笑う女の子を眺める彼がいた。







「一樹〜」
「かき氷なら奢らねーぞ」
「ちっがうわばか。ラーメン食べたいねーって思ったの」
「なんでこの暑いのにラーメン!?」
「ふふ、いいね。僕は塩がいいな」
「ね!誉も思うよね!ほら見ろ一樹〜」
「くっ…裏切ったか誉…!まあ暑い時期に暑いもん食うのも寒い時にアイス食いたくなるのと一緒か…」
「そう!そんな感じ」
「じゃあ俺はとんこつだな」
「しょうゆ食べたい」



生徒会室にはクーラーが付いているので冬に寒いことは無いし、夏も暑いことはない。だから外に比べたら随分と涼しいのだろうけれどもやっぱり暑くて、うちわをぱたぱたと仰ぐ。でも補習していたさっきよりもまあマシ、だけどね。あそこは教室にクーラーがないし。補習が終わった瞬間、暑い!と叫んで外に出たら誉がちょうど良く通りかかったのでどこ行くの?と尋ねると「生徒会室にお茶をたてにいくんだ」と聞いて生徒会室まで来たわけです。



「しっかし、誉のお茶ほんとうにおいしい」
「ありがとうなまえ。そう言ってもらえると嬉しい」


誉が入れたお茶は冗談抜きでおいしい。さすが茶道家の息子だなあと思う。



「だろ?なんたって俺様のお墨付きだからなあ。ちなみになまえは一回三百円な」
「いや、なんで一樹がお金取んの?誉が入れたじゃんか。一樹に払うくらいなら普通に誉に払うわ」
「俺のおすすめってことで」
「そうだね…だったら…、一樹に僕は何回お茶入れたかな…一体何円になるんだろうね?楽しみだな」
「全力ですみません」



一樹が土下座の格好をするのでそれがまたおもしろくて笑う。この光景は去年の夏も一昨年も変わらなくて、居心地が良い。和室の畳の匂いも、お茶の心地いい香りも、翼くんのラボから臭う怪しい焦げた匂いも、外から聞こえる運動部の歓声も、うるさいくらいの蝉の声もずっとあったのに、私たちは三年生で、来年にはこれが無くなるんだなあと思うときゅうっと心が締め付けられるようにどうしようもなく切なくなってしまう。できるならこのまま季節が止まってしまえばいいのに、なんて柄にもなく思ってしまうのだ。そんな思いを少しでも忘れたくて膝元に置いたお茶に手を伸ばしかけた時だった。


「会長!」


可愛く、凛と響く声と一緒に、ガラガラと生徒会室の扉が開いた。


「お、どうした月子」
「いえ少し…あ、なまえ先輩!部長!いらしたんですか!」
「こんにちは夜久さん」
「月子ちゃんひさしぶりだね」



ひらひらと手を振ると月子ちゃんは深く、ぺこりとお辞儀をしてくれた。ほんとうにいい子だなあ…。



「はい、ご無沙汰してます!なまえ先輩もお元気そうで、何よりです」
「何かあったのか?」
「はい、弓道部の床がこの前壊れているのを宮地くんが発見したので陽日先生が直す!って飛び出して聞かなくて…」
「ふふふ陽日先生は元気だねえ」
「ったく先生は…うし、俺と翼で直しに行くか。予算出るしな」
「部員全員で止めたんですけど『俺が直すんだあ〜〜っ!』って」
「楽しそうだね。僕も見たいけどこれから進路について先生と面談があるんだ…残念。」
「なまえは行くか?」



急に声をかけられてどきりと心臓が跳ねた。さっきまでは流れなかった汗を冷たく背中に感じながら、3人に気どられないように薄い笑いを貼りつけて私は笑う。


「私は涼しいからここにいようかな。どうぞ行ってきてくださいな〜」
「そうか…分かった。風邪引かないようにな」
「クーラー消しとくからいいよ」
「じゃあ熱中症気を付けろよ?窓開けてな」
「先輩お気を付けてくださいね」
「最近流行ってるらしいし、ほんとうに気を付けるんだよ」
「りょーかい。ほれほれみんな行ってきなさい」
「じゃあ行ってくる」
「行ってきます」
「行ってきます!先輩」


2人が出ていったあともさっきと同じように深くお辞儀して笑う月子ちゃんはやっぱり可愛い。適わない、なあ…。
みんながいなくなった部屋に効いてるクーラーはぶるっと身震いするくらい肌寒くて、電源を切って窓を開けた。生温い風が肌に当たるけれど今の私には気持ちが良い。そのままそよ風を感じて目を閉じてさっきの月子ちゃんと、楽しそうな一樹を思い出す。すっかり冷めたお茶を一気に飲み干して、それから私は窓にもたれて、青く澄み切った空にそよそよと揺れるひまわりを頬杖をつきながらずっと眺める作業に没頭した。