「月子は今年はどうするんだ?夏祭り」



さらりと一樹が放った一言に私の感覚の全てが止まるような錯覚。なんだろう、心を踏まれてるように痛いのは。さっきまで次から次へと言葉を紡いでいた私の口が急にぴたりと止んだので、月子ちゃんがこっちを見て首をかしげる。だめだ、こんなあからさまにわかるようなリアクションをしちゃ。繕え、わたし。



「そうだね。月子ちゃんはどうするの?」
「私は…うーん」
「夜久さんの幼馴染みくんたちは?」



そう。月子ちゃんには三人の幼馴染みがいる。確か一昨年は幼馴染みたちと来ていたはず。月子ちゃんと一緒に行きたいという気持ちはきちんと存在しているのに。私は、どうして、期待してるんだろう。



「今年は錫也と哉太は実家に帰っていて、いないんですよ」
「確かに、最近見ないね」
「そうか…じゃあ、」



ずきずき、とまたさっきの、いや、さっきよりも重く頭が痛む。優しい一樹のことだ、次に出る言葉なんて分かっている。本当はその言葉は私が言えばいいことなのに、心のどこかで拒絶している私がいる。やめて、やめてよ一樹。言わないで。



「俺らと、来るか?」



最近体調が悪かったせいなのか、体も麻痺したような感覚がするけれど、ここで変なリアクションをしたら私はただのワガママな女の子だ。でも、それでも、私は…。
ぎゅっ、と唇を噛み締めて、笑った。



「おっいいね!さっすが一樹じゃん。いい案!四人で行こうよ!!夏祭り!」



テンション上げすぎたかな。もうなんか、わかんないよ。



「なまえ、」
「誉はいいよね?月子ちゃんいたらみんなも士気上がるでしょ」
「…うん」
「よっしゃ!月子ちゃん、どう?」



しばらく月子ちゃんは考えたあと、ちらりと私と一樹、そして誉を見つめて頷いた。



「…じゃあお邪魔させていただきます!ありがとうございます」
「うん!月子ちゃんの浴衣今年も楽しみだな〜」
「なまえ先輩はわたしより似合いますよ!今年は先輩の浴衣見たいです」
「そんなことないよ」



本当にそんなことないの。そんなの、去年で痛いほど知ってるから。こうして話してる間にも頭痛が収まらなくて、ずきずきと偏頭痛に変わってきた。痛いって…。



「おし、決まり!全員浴衣着用な。会長命令で!なまえも着てこいよ」



一樹はなんにも悪くない。月子ちゃんも何も悪くない。悪いのは私。そんなのわかってるのに、どうしても私はこの場に居られなかった。いてもたっても一樹がいない場所に行きたい。頭、痛い。あー…もう。



「私、もう帰るねーごめん!ちょっと寄らなきゃならないとこがあるから」
「おい、なまえ」
「ごめん、ばいばい!」



一樹が後ろで呼んでる声が聞こえたけれど、振り切って扉を開けて全力で走る。頭痛い。でも心を痛いから、自然に涙があふれでてきた。きっと振り返っていたら泣いてるところを見られて、みんなに最低な女だとバレただろうな。月子ちゃんは好きだし、一緒に居て楽しいし、祭りも一緒に回ったほうが楽しいに決まってるのに、本当は月子ちゃんに来てほしくなかった、なんて。三人で行ける最後の祭の邪魔してほしくなかったなんて。三人の時間は大切だと、一樹もそう思ってくれてたと勝手に思っていたなんて。一樹は優しいから1人の子がいたらきっとほっとけない。きっと月子ちゃんじゃなくても誘っていたんだろう。大人数が好きな人だから。大人数で騒ぐのは私も好きだよ。今までそうしていたけれど今年は最後だから、三人で過ごしたいなんて、やっぱり私の1人よがりだ。楽しいほうがいいに決まってる。可愛い女の子がいたほうがみんな喜ぶに決まってる。それでも、私は。



近くにあった数少ない女子トイレに駆け込んで、個室に入り壁にもたれ掛かる。やっと一息ついて、鏡を見ると目は泣き腫らしていた。



「…ひっどいかお」



自嘲気味に笑ってみるけれど、余計にむなしくて涙が出てきた。ひどいのは顔だけじゃない。心も。私はこんな最低で嫌な女だったのかと自覚したら涙が止まらなくなった。嗚咽を漏らして泣いた。泣くのはもうこれで最後にしよう。一樹のことを好きなんて思わなかったらきっと色んなことが楽になる。祭だって、純粋に楽しめる。頭が痛いのだって治る。私が一方的にこんな想いを一樹に抱いてるからだめなんだ。今日で忘れるから。明日から忘れる努力するからさ。




だから今日だけ、一樹のこと好きな女の子として泣いてもいい、よね。