結局その日は辿り着けずにラーメンを食べることができなかった。私がラーメン食べたいなんて言ったせいで一樹にはへとへとになるまで漕ぐはめになってしまった。まあ自転車で街に出よう、なんて言った一樹も悪いと思うのだけれど、星月学園に帰ってきたのは夏の夜空にくっきり星が見えだしてから、というわけでかなりの夜遅くになってしまったのだ。朝になってから陽日先生に「ラーメン屋消えてた!」と伝えると大笑いされて、俺が道一本ずれて教えてた、と聞かされた。なるほどね、どうりで。



「んでさあ誉聞いてよ、一樹がさあ」
「なんで俺だけなんだよ!なまえもだろ」
「ふふ、そうなんだ。僕も行きたかったなあ」
「今度誉も行こうね」
「ああ、今度は間違えない!俺の名誉にかけて!」
「へえ…一樹がんばってね。今度は三人乗りかな?」
「三人!?そっか自転車一台しかねーしな」
「誉どこ入るの」
「荷台になまえと2人で並ぶよ、ね?なまえ」
「おっいいねえ!楽しそう。一樹の脚力がちょっと心配だけど」
「…いやいける!俺ならいけると信じるぞ俺はああ!」



一樹が言うなら出来そうになるんだから不思議だ。本当に自転車に三人乗りして、一樹が気合いで漕いでる光景を思い浮べて笑いそうになったから堪えてたら誉もおんなじ光景を思い浮べたらしく目が合ったので二人してそのまま吹き出してしまった。「おまえら〜…今に見てろ!」という一樹が余計に面白い。



「そういえばもうすぐ夏祭りだね」
「あ、そういえばそうだな」



誉がカレンダーをちらりとめくる。そこには同じ日にちで去年夏祭りがあった。私の人生の中で一番苦い思い出の日である。



「そ、そうだね…」
「去年は花火すごかったね。でも今年はもっとすごいらしいよ」
「マジか!去年はきれいだったな〜。そうか、あれより綺麗な花火が見られるのか…」
「あれ、そういえば一樹あの花火のあとすごい怪我したよね?確か」
「ん、そうだったか?忘れちったなー」



話の途中から一樹の顔は見えなくて、というかむしろ見たくなかった、っていうのが正しいのかもしれない。ああ胸が痛い。



「そういえば去年、なまえさ、花火が始まった時からずっと元気なかったよな?」
「…っ、え」



一樹がいきなりこっちを振り向くもんだからびっくりして体が揺らめく。すると一樹は分かってたかのようにぱしっと素早く手を出して私の体を支えてくれた。



「大丈夫か?」
「大丈夫?なまえ」
「…うん。ちょっと暑かったから、立ちくらみがしただけ。ありがとう」
「確かに暑いな…生徒会室行くか!今なら誰かいるからクーラーもついてんだろ」
「そうだねえ」



一樹も誉も心配してくれて、すごく嬉しいはずなのに私の頭は違うことでいっぱいになってて二人の声は耳に入らなかった。一樹が、あの花火の日、私のこと見てくれてた?嘘だ、だって一樹はあの日、あの時確かに月子ちゃんを見てたのに。月子ちゃんしか目に入ってなくて隙にも私なんて入る余裕なんてなかったのに。どうして。心は疑問で占められていたけれど、もし、もしあれが私の勘違いだったら?そう思うと少なからず嬉しさが込み上げてきた。



「なまえは今年はどうする?花火大会」



我に返ったら、誉が私を気遣うように屈んで話してくれる。誉は私よりも随分背が高いので誉が屈むと私が話しやすい位置になるのでいつもこうしてくれるのだ。うう、ありがたい金久保さま…!ごめんね…!



「こ、今年は」



本当なら去年のような苦い思いはしたくなかったから「行かない」と応えるつもりだったのだけれどさっきの一樹の話で少し私の決意が揺らいだ。最後の夏休みの夏祭りだもの、行きたくないわけが無い。



「ほ、誉は?どうするの」
「僕?僕は…なまえと一樹が行くって言うなら今年は三人で行きたいなあ。去年は部活のみんなと行ったし…一樹は?」
「俺?」



そうだ、一樹はどうするんだろう。私も三人で行きたい、けど、もし一樹が去年同様生徒会のメンバーで行きたいって言うなら無理に、とは言えない。



「…そうだな。去年は生徒会メンバーで行ったし、高校生活最後の夏祭りくらいおまえらと行ってやるか!」
「よし、決まり。なまえは行かないなんて言わないよね?」
「…うん!私も行きたい!」
「うっしゃあ!今年は三人で弾けるか!」



すごく、嬉しい。だって今年は行かないつもりだったし。きっと夏休み一番の思い出になる!そして何よりも、誉も一樹も部活や生徒会のメンバーよりも三人でいるけとを優先してくれたのが一番嬉しかった。



「じゃあ今年の夏祭りは、」



やっとたどり着いた生徒会室の扉を一樹が開け放つと、何かがバーン!と爆発する音が中から聞こえた。え、なに?と思って周りを見渡すと一樹の頭がアフロになっていた。ちょ、なんでアフロ!?そして一樹の体は小刻みにわなわな震えていた。