嫉妬する半兵衛




見知らぬ男が、椿と談笑している。
俺は奥の席で団子を頬張りながら、世間話で盛り上がる二人を眺めていた。楽しげに笑う椿と男に、苛立ちが募る。……独占欲って奴だろうか。

美味い団子と、気のいい店主、可愛い看板娘。三拍子揃った茶屋が人で賑わうのは当然のことで、常連が多いのも頷ける。
客に嫉妬なんて、幼稚にも程がある……な〜んて、わかってはいるんだけどなあ。
看板娘である椿に会うためだけに、この茶屋に通う男が多いのも事実。椿と恋仲の身としては、やっぱり気になっちゃうわけで。

面白くない。ついでにその男が背が高くて人当たりの良さそうな好青年っていうのもまた面白くない。
俺は残っていた茶を一気に飲み干し、ため息をついた。


「半兵衛さん!」

不機嫌そうな俺に気付いたのか、椿が申し訳なさそうに駆け寄ってくる。

「すみません遅くなって。お茶のおかわり、いかがですか?」

「うん、ありがと。……ねえ、さっきの男。誰?」

既に帰ったのか、姿は見当たらなかった。
湯のみを手渡しながら、少し低めの事で聞いてみると、椿は慌てた様子で手を顔の前で振る。

「ただのお客様ですよ」

「へぇ。仲良いんだ?」

「いえ、最近良く来てくださるので……」

「ふ〜ん。椿目当てで?」


「…………怒ってます?」

目を合わさずに問い続けると、若干椿の声が震えているのがわかった。ちらりと見やると、胸の前に盆を抱えながら、悲しそうに眉を下げている。
……ちょっといじめすぎたかな。

多少の罪悪感はあるけれど、泣きそうな椿も可愛いかも、なんて悪戯じみたことを考えてしまう。

「怒ってないよ」

いつもの調子で明るく言うと、椿はそれなら良かった、と呟いて、安堵の笑みを浮かべた。
別に、椿に怒っているわけではない。……怒ってないけど、このまま全てを許容できる寛大な俺ではない。


「椿。……ちょっと」

軽く手招きすると、椿は素直に俺に近付く。俺は椿の頬に手を添え、口付けた。

「…………!?」


他の客に気付かれぬよう、一瞬だけ。触れるだけの可愛い接吻。それでも、椿を赤面させるには充分なようだ。
真っ赤になってまばたきを繰り返す椿に、涼しい顔で笑いかける。

「こういうことできるのは、俺だけでしょ?」

「ははは半兵衛さん……っ、こんな、店の中で……!」

「……ごめん。嫌だった?」


――嫌じゃ、ないですけど。蚊の鳴くようなか細い声だったけど、俺の耳に確かに届いた。


2012/03/02




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